一、
俺の名前は堤重直。野山にまじって竹を取りつつよろずの事に使ってる、しがない竹取さ。
住まいは、大和国の斜貫という集落から少しばかり外れたこのおんぼろの庵。川から汲んできた水を飲み、食い物は川魚に茸に苔桃、それに少しばかりの麦と粟。何も獲れないときは味噌を舐め、酒を飲んで眠るだけだ。
斜貫の連中は俺のことを変人を見るように扱っていて、交流はほとんどない。それでいい。余計な人間と無駄な会話をせずに過ごせる暮らしの、なんと素晴らしいことか。
そんな、人を遠ざけ、人からも遠ざけられている俺のところにも、春の野郎は確実にやってくる。庵を囲む竹林の中には、断りもせずににょきにょきと筍が生えてきやがる。
さて今日も出かけるかと腰を上げかけたそのとき、庵の入り口の筵がさっと上がった。
「シゲさん、起きてましたか」
「ヤスか。今から仕事だよ」
「出かける前に来られてよかった。はいこれ、麦と、酒です」
風呂敷包みを俺に手渡し、にっと笑う。八重歯が見える。
有坂泰比良。俺の人生で最もくだらない、都づとめのときに知り合った男だ。歳はそう俺と変わらないはずだが、なぜか俺の子分を自称し、都落ちする俺についてきた。俺と違って人好きするから、町はずれに間借りして暮らしていて、俺が作った竹かごや竹ざるを町で食い物に換え、こうして持ってきてくれるのだ。都づとめが忘れられないのか、その腰には、もはや無用の長物となった短刀を差している。
「筍を取りにいくんですか?」
「馬鹿野郎。俺の仕事は竹取だ。弁当箱を作るため、太い竹がいるんだ」
「さすがシゲさん。俺も手伝いますよ」
壁に釘で引っ掛けてある鉈をさっと取ると、率先して外に出ていった。本当に調子のいいやつだ。
「これなんか、どうですか?」
家を出て、上り坂になっているほうの竹林を少し歩いたところで、ヤスは一本の竹を見つけ、手を置いた。
「もう少し太いのがいい。これじゃ、水筒が精いっぱいだ」
「しかし、これより太いのとなるとなあ」
ヤスはあたりをきょろきょろ見回す。竹は無尽蔵に生えているが、太い竹となるとなかなか見当たらない。竹取っていうのは、根気のいる仕事なのさ。
「んっ?」
そのとき、妙なものを見つけた。俺は怪しく思って近づいてみると、
「なんだ、こりゃあ」
ヤスもそれを見て目を丸くした。太さは普通の竹だが、俺の腰くらいの高さの節と節のあいだが、光っている。
「こんな竹、初めて見ますよ。シゲさん、切ってみてくださいよ」
恭しく差し出された鉈を俺は受け取り、その竹を斜めに切り下ろす。
「え……、女の子?」
すぱりと切れた竹の中に、親指くらいの大きさの少女がいて、にこにこ笑いながら俺たちを見ていた。
「ここはどこで、あなたは誰ですか」
少女は訊いた。
「ここは斜貫で俺は堤重直、ただの竹取だ。こいつは子分の有坂泰比良」
つつみしげなお、ありさかやすひら、と確認するように繰り返したあとで少女は言った。
「どうか私をあなたのおうちへ連れていってくださいませんか」
女の言うことを、やすやすと聞き入れるもんじゃない。あのくだらない都づとめの三年間で俺たちが得た、最も大きな教訓だった。ところが、
「お、俺のところでよかったら……」
ヤスはすっかり鼻の下を伸ばしていた。俺はその襟首をつかんで、光る竹から五、六歩引き離した。
「お前、松風のことを忘れたわけじゃねえよな。あいつにどんなひどい目に遭わされたのか」
「忘れるわけねえ。そういうシゲさんだって、紅葉のやつに傷つけられたじゃないですか」
嫌な名前を思い出させやがる。
「そうだ。だから俺たちは固く誓った。二度と女の頼みを安請け合いしない」
「シゲさん。あの子が松風や紅葉みたいな性悪女に見えますか」
竹の中の少女は、俺たちの言い争う様子を見てもなお、にこにこと笑っている。小さいながらにその顔かたちは美しかった。俺たちの穢れた過去を何もかも洗い流してくれそうなほど美しかった。
「しかしヤス、お前の女運の悪さは天下一だからな」
「じゃあシゲさんのうちに連れていってやったらどうですか」
さも名案のように、ヤスは手を打った。
「俺のところに?」
「あの子をこんな薄暗い竹林の中に放っておくつもりですか。竹林には虎がいるっていうじゃねえですか。あんな小さな子、ひと飲みにされちまう」
日ノ本の国に虎なんかいるもんかと思ったが、そんなことはどうでもいい。たしかにこのまま少女をここに置いておくのは気が引ける。
「女は育て方を間違うと、どんな物の怪よりもろくでもねえ妖力を身に付けます。シゲさんは、あの子を育てるべきです。松風や紅葉みたいな悪い女にしないために」
丸め込まれている気がしないわけではなかったが、俺はすでに少女を家に連れ帰る自分を思い描いていた。
帰り際、俺の手の平に座っている少女に、俺は言った。
「俺のことはシゲと呼べ。こいつはヤスだ」
「はい、シゲさんに、ヤスさん」
「お前のことは、なんと呼んだらいい?」
「かぐやとお呼びください」
少女は、答えた。