人類最初の殺人 JINRUI SAISHO NO SATSUJIN 【試し読み】

人類最初の密室殺人 試し読み 本文見出し

皆さま、こんばんは。

エフエムFBSラジオ『ディスカバリー・クライム』の時間です。ナビゲーターは漆原遥子です。

この番組では知られざる人類の犯罪史を振り返っていきます。

第五回目の今夜は、「人類最初の密室殺人」です。

お話は、国立歴史科学博物館、犯罪史研究グループ長の鵜飼半次郎さんです。

ここで皆さまにお知らせがあります。今夜で『ディスカバリー・クライム』は最終回となります。これまでのご愛聴ありがとうございました。

そこで、今回は最終回特別企画と題しまして、現場からの生放送で番組をお送りします。

鵜飼さん、聞こえますか?

「はい、聞こえます」

それでは、鵜飼さん、お願いします。

〈ジングル、八秒〉

えー、人類最初の密室殺人は、誇っていいものやらどうかわかりませんけれど、ここ日本でおこなわれました。

密室殺人といいますと、当然、殺人現場となる密室が必要になるわけですが、その遺構がこの日本で発見されたのです。

いま、わたしはその現場に来ています。

今夜は皆さんを千八百年ほど前の日本へとお連れいたしましょう。

〈マリンバの調べ、二十秒。続いて稲妻の音〉

弥生時代の終末期のこと。

当時、日本列島にはさまざまな国がありました。イキ、マツラ、イト、ナ、ホミ、トマ……

そのひとつにヤマと呼ばれる国がありました。民の数はおよそ二千、そこはあるひとりの女性が治めています。

彼女の名は、ヤソミコ。

ヤソミコは超自然的な力を持つといわれ、皆から大変恐れられていました。民が信じるところによりますと、ヤソミコは山の神に通じ、彼女に逆らうとその神に襲われるというのです。

これはこの国の裁判のようなもので、「山のお裁き」と呼ばれていました。罪に問われた者を山の洞窟に入れ、罪の有無を問うのです。山のお裁きでは、無実の者は無事に戻ってこられますが、罪ある者は山の神により、身体を槍で突かれて死ぬことになっています。

洞窟は、普段は閉じられていますが、山のお裁きがおこなわれる前には自由になかに入ることができました。そして、洞窟のなかに誰もいないことを確認してから山のお裁きが始まるのです。

洞窟はそれほど広くありません。立ったままの人間ですと、二十人がやっと入れるほどの広さでしょうか。出入口はひとつだけで人がひとり入れるほどの大きさになっています。

山の神を呼ぶ儀式は、罪に問われている者が水で全身を清められるところから始まります。それからその人物だけが洞窟に入れられ、出入口が塞がれます。

洞窟が完全に閉じられると、ヤソミコが洞窟の前で両手を広げ、身体を上下させて踊ります。それは鳥を模しているのですが、さらにそこから二十八種の動物の物真似をして見せます。それがすむと、ヤソミコはばたりとそこに倒れます。

これが山の神を呼ぶ儀式です。

その儀式が終わると、皆は洞窟の前で飲めや歌えの大騒ぎを始めます。その日だけは民は労働から解放されるのです。

数時間後、ヤソミコは兵に命じて洞窟を開けさせます。そこにはいつも槍でめった刺しにされた状態の人間が見つかりました。洞窟のなかには、ほかに誰もいません。ヤソミコは山の神が槍を刺したのだと民に説明しました。

罪ある者だけが死ぬ——ということが建前でしたが、実際には洞窟に入った者は皆、槍で突かれて死にました。無罪になることはありません。ですから誰もヤソミコに逆らえなかったのです。逆らえば、山のお裁きを受けさせられてしまいます。

いつの時代も未知なる力は畏怖の対象となるものです。

ヤソミコはこの力を使って絶大な権力を持っていたのでした。

ヤソミコに仕えている者のなかにひとりの少女がおりました。歳は十五で、痩せていて、蒼白い顔をしています。彼女の名はヒミコです。

ヒミコはヤソミコの化粧師(けわいし)でした。人に化粧をするのがうまかったので、ヤソミコはヒミコが手放せなかったといわれています。ヒミコは右脚の膝から下を失くしていて、いつも杖を持って跳ねるようにして歩いていました。

彼女が脚を失ったのは、八歳のときのことです。

その日、ヒミコは幼い妹を連れて山菜をとりに出ていました。ふたりはふいに出てきた熊に襲われ穴倉に逃げこみました。穴に入ろうとする熊をヒミコは懸命に蹴り、その際、右足を食いちぎられてしまったのです。

幸いふたりは生き延びましたが、直後、ヒミコにさらなる不幸が襲いかかります。

ヒミコの父がヤソミコの兵に連れていかれたのです。国の倉庫から、糒(ほしいい)を盗んだのだと兵は説明しました。糒とは、米を蒸してから天日に干して乾燥させたもので、不作のときに食べられた、いわゆる非常食です。

当時はすでに稲作がおこなわれていましたが、品種改良はまだされていなかったため、害虫による被害や、天災などでたびたび不作に見舞われました。ですから非常食は大変貴重なものだったのです。

ヒミコの父は、たたら製鉄の職人でした。たたらとはふいごのことですが、当時は製鉄がさかんにおこなわれており、職人も大勢いました。そのなかでもヒミコの父は製鉄の腕がよく、職人たちを束ねる立場にありました。そんな人でしたから、民たちは驚いていました。まさか糒を盗むなんて信じられなかったのです。

ヤソミコがヒミコの父を妬んでいる、という噂もありました。あまりにヒミコの父が慕われだしたので、ヤソミコが自分の地位をヒミコの父に奪われるのではないかと恐れているというのです。

しかし、ヤソミコがヒミコの父を捕らえたほんとうの理由は誰にもわかりません。

一部の民はヤソミコに公然と反発しました。ヒミコの父を解放せよ、彼は無実だ、と抗議したのです。

ヤソミコは皆に告げました。

「無実かどうか、山の神に聞けばわかる。この洞窟には山の神がいて、ご裁定をくださる」

そうして、彼を洞窟に入れてしまいました。

そのときはまだ誰も、山のお裁きがどのようなものか知りませんでした。ヒミコの父が最初に山のお裁きを受けた人だったのです。

ヤソミコは、その者が無実ならば無事に洞窟から出られると民に説明しました。

ヒミコは、父の無実を信じていました。温厚で知的な父がそのようなことをするはずがないのです。これも何かの間違いだろうと思っていました。

しかし、結局父が洞窟から生きて帰ることはありませんでした。洞窟から出てきた父の姿は、それは無残なものでした。全身を無数の槍で傷つけられ、髪は乱れて眼は真っ赤に染まり、苦悶の表情のままに亡くなっていたのです。

民たちは呆然として、父の姿を見ました。誰もいないはずの洞窟でこのようなことが起こったのです。民はそこに“超自然的”な力を感じ、それ以降、ヤソミコに逆らう者はいなくなりました。

さて、この後ヒミコヤソミコ運命やいかに……
続きは本書にて!

TOPへ戻る