人類最初の殺人 JINRUI SAISHO NO SATSUJIN 【試し読み】

人類最初の詐欺 試し読み 本文見出し

皆さま、こんばんは。

エフエムFBSラジオ『ディスカバリー・クライム』の時間がやってまいりました。ナビゲーターは、漆原遥子です。

この番組では知られざる人類の犯罪史を振り返っていきます。

第二回目の今夜は、「人類最初の詐欺」です。

お話は、前回に引き続き、国立歴史科学博物館、犯罪史研究グループ長の鵜飼半次郎さんです。

鵜飼さんは先日、イギリスでの現地調査から戻ってきたばかりです。

ロンドンでは、三味線を持ってパブへ行き、地元の人とジャムセッションをなさったそうです。鵜飼さん、三味線が弾けるのですね。

それでは鵜飼さん、お願いします。

〈ジングル、八秒〉

「ユニコーンは人間に対して悪意を抱いている」

これは四世紀のキリスト教神学者、聖バシレイオスが書いたとされる言葉です。ユニコーンは、馬に似た、額に長い角を持つ伝説上の生き物のことです。

この話には続きがあります。

「ユニコーンは人間を追いかけ、追いつくや、角で突き、貪り喰う。だから、人間よ、気をつけよ。ユニコーンから身を守るのだ。ユニコーンとはすなわち悪魔だ」

何かの比喩のようにも聞こえますが、まだ現実と幻想の区別がはっきりとはなされていなかった時代のことです。ユニコーンも悪魔も人々にとってはかなりの実在性を持ったものでした。ですから、これは警句だったのかもしれません。

とまれ、現在のユニコーンとはずいぶんイメージが異なっていたようです。

ユニコーンは古くからヨーロッパを中心に多くの芸術作品の題材になってきました。架空のものではありますが、その神秘性ゆえに多くの人を惹きつけてきたのでしょう。

いや、架空のものであるがゆえ、人々の想像を掻き立ててきたのかもしれません。

さて、一九七九年、北海において油田発掘中、驚くべきものが発見されました。

それは、額に一本の長い角がある馬の化石でした。放射性炭素年代測定の結果、それはいまから一万年前、完新世時代のものであるとわかりました。

その化石にはいくつかの奇妙な点がありました。

ひとつは石棺に納められていたことです。そのため、長い年月が経ったあとでも原型をとどめることが可能だったのです。当時は旧石器時代が終わりに近づいているころでしたが、このような石棺をつくる文化をまだ人類は持っていません。石棺にはタールが流れこんでいて、そのこともこの化石の保存に役立っていました。

もうひとつの奇異な点は、そこに納められていたものが人造の動物だったことです。正確には、野生の馬の額に別の動物の牙が角のようにとりつけてあったのです。

そうです。

これはユニコーンを偽装してつくられたものだったのです。

いったい誰が、どのような目的でそのようなものをつくったのでしょうか?

今回のお話は、ユニコーンを巡る物語です。

といっても、ここは犯罪の始祖を扱う番組ですから、そこには当然「罪」があります。

その罪とは「詐欺」です。

このユニコーンの存在こそが人類最初の「詐欺」事件に繋がったのです。

今夜は皆さんを中石器時代のヨーロッパへとお連れいたしましょう。

〈オーボエの調べ、二十秒〉

ときはいまから一万年前、舞台はドッガーランド。

ドッガーランドをご存じない方も多いかと思いますが、かの地は八千二百年ほど前に海に沈んでしまった土地の名前です。場所はイングランドの東方沖、大きさは日本列島とほぼ同じでした。

そのころ、ドッガーランドではアフリカ大陸から渡ってきた肌の黒い人々が集団で暮らしていました。現在のヨーロッパに暮らす人々の祖先です。

彼らは体格に優れ、俊敏性のある人たちでした。腕力も脚力も現代人に比べてはるかにまさっていました。

しかしながら、全員がそうだったというわけではありません。例外はいつだってあるもので、それがいまからお話しする物語の主人公——ヤームです。

ヤームは、腕力も脚力もまわりの人より劣っていて、運動能力が極めて低く、ひとりではとても生き延びられないような人でした。

そんなヤームでしたが、優れたところもありました。それは巧みに話す能力です。当時としてはあまり価値のおかれなかった能力のひとつですが、ヤームのそれは群を抜いていました。そもそも「ヤーム」という名前も、「うるさい」という意味の言葉です。ヤームがあまりにもよく喋るので、皆からそう呼ばれるようになったのです。

そのころのドッガーランドの人々は、五十人程度の群れで暮らしており、一生をその群れで暮らすのが常でした。しかし、ヤームは当時としては珍しく、いくつもの群れを渡り歩いている男でした。

まだ文字がなく、集団同士の交流もありませんから、よその集団に入れば言葉も通じず、習慣もわかりません。

にもかかわらず、ヤームはするするとよその集団に入ることができたのです。ヤームの社交性は尋常ではなかったのでしょう。すぐにべつの集団の言葉を覚えることができ、その集団のリーダー——つまりは、その群れの一番偉い人を見抜くことに長けていたのです。

しかし、それだけでは群れのなかで生き残ることはできません。群れに入れば誰でも仕事をする必要があります。当時の男の仕事といえば狩りです。群れの多くは、男性が狩りをし、女性が木の実の採取などをしていました。

お話ししたように、ヤームは運動能力が低く、普通に集団で歩いているだけで遅れるような男です。しかしながらヤームには知恵がありました。

集団で狩りに出ますと、とにかくまっ先に声を出します。

「ヤッピー!」

仲間たちがヤームの指さすほうへ猛烈な勢いで突進していきます。「ヤッピー」というのは、群れによっても異なりますが、獲物を見つけたときの合図です。

じつのところヤームは、ただ何かがいそうな場所を当てずっぽうに指さしているだけですが、森には何かしら生き物がいますから、集団で直進すればいずれ何かが捕まります。

一万年前の人類にも社会性はありましたから、狩猟に役立った人間は集団のなかで評価されました。獲物を獲った者はもちろんのこと、獲物を最初に見つけた者も評価を受けたのです。

ヤームは、この方法でそれなりに評価を受けているのでした。

とはいえ、いつまでもそんなごまかしがきくわけもありません。皆が怪しみだしたころを見計らい、ヤームはこっそりと群れを出ていくのでした。

さて、この後ヤームはどんな群れの一員になれるのでしょうか……
続きは本書にて!

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