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四、
誰かの声がした気がして、太郎は目を開けました。乙姫様の膝の上に、頭が乗っています。はっとして身を起こします。
「これは失礼なことを。私はどれくらい、眠っていたでしょうか」
「さあ。三刻(六時間)ばかりでしょうか」
「そんなに……」
「あれだけ長く宴をしたあとですもの」
乙姫様は優しく微笑みます。そのとき、やはり声が聞こえてきました。夢ではなかったようでした。大人の男が、泣いているようです。
「誰の声でしょう」
太郎が訊ねたそのとき、扉が激しく叩かれました。乙姫様はあこや貝の寝台から降りて、扉を開きました。
「ああ、あああ、あああ……!」
飛び込んできたのは、上半身は裸、下半身も小さな布を巻いただけの一人の男でした。年の頃は三十か、ひょっとすると四十を超えているかもしれません。宴の席では見なかった顔です。目は真っ赤で、顔じゅうにびっしょりと汗をかき、口をぱくぱくさせて何かを訴えようとしているようでした。
「あなたは、誰です?」
乙姫様の問いに、太郎はびっくりしました。乙姫様が知らない男が、この龍宮城にいるわけはありません。
すると突然、男は乙姫様の両肩をぐわっと掴みました。
「ああ、あああ、あああ……!」
「いやっ」
唖然としていた太郎ですが、乙姫様の声に我に返り、男に飛びかかります。
「こら、やめなさい」
事情はわかりませんが、不審な侵入者です。太郎は男を乙姫様から引き剥がしました。勢い余って、男は廊下に倒れ込みました。
「ああ、あああ……」
男は起きあがる様子もなく、目からぽろぽろと涙を流し、天井を見上げたままです。いったいこの男は、何者なのでしょう。
「乙姫様!」
そのとき、東の廊下の角を曲がり、二つの人影が駆けてきました。赤いよろいのたらばと、黄色い着物の蝶々魚です。
「……誰です、こやつは?」
二人は、倒れている男の前で立ち止まり、不思議そうに男を見下ろしました。
「わかりません」
「あ、あああ、あああ……」
男は、なおも声を上げます。
「今すぐ追い出しなさい」
「は、……はい、わかりました。来い、曲者め!」
乙姫様に言われ、たらばは男の腕を掴んで無理やり立たせました。
「それはそうと乙姫様、大変です」
蝶々魚が叫びます。泣いているようでした。
「今度はいったい、何だというのです?」
「おいせ姉さまが死んでいるのです」
蝶々魚は言いました。
「なんですって?」
「冬の間の、かまくらの前に倒れているのです。首には昆布が巻きついて……」
太郎は聞きながら、背筋が凍りつくような感覚に見舞われました。
「おいせは、自ら命を絶ったようです」
曲者の腕を掴んだままのたらばが言いました。
「とにかく、いらしてください」
*
龍宮城の一階は、四隅に四季の間があります。
南西にあるのは、太郎が初めて乙姫様とあいまみえた春の間、南東にあるのは青草生い茂る夏の間、北西にあるのは紅葉の美しい秋の間、そして北東にあるのは常に暗黒の雪景色に覆われた冬の間です。
おいせの死体は、その冬の間のほぼ中央に置かれたかまくらの前に、赤い着物を着た姿のまま仰向けに横たえられていました。首には、たしかに水に濡れた昆布が二重に巻きついており、おいせは両手で昆布の両端を握っていました。自分でその首を絞めたように見えます。
「おいせ姉さま……!」
おいせのそばで泣き崩れているのは鯛でした。
「いったい、なぜこんなことに」
乙姫様が悲しそうに、おいせの黒髪を撫でました。
「おいせ姉さまは、悩んでいたのです」
平目が言いました。そのおべべは、死んだおいせの着物と同じく真っ赤でした。
「いつまでも、この龍宮城でぬくぬくと暮らしていていいのだろうか。厳しい大海へ出て、自分を試すことをしなくていいのだろうかと。私たちは、おいせ姉さまを引き止めていたわ。板挟みになった姉さまは、こうして自ら……」
「違うわ!」
平目の言葉を遮り、鯛が振り向きました。恨めしそうに平目を睨みつけます。
「おいせ姉さまは、強いお方よ。どんなに悩んでいたって、自ら首を絞めて死ぬなんて、そんな弱いことはしないわ。おいせ姉さまは、誰かに殺されたのよ」
がらんどうの冬景色と相まって、鯛の言葉は冷たくその場を支配しました。
「それに、おいせ姉さまは私に約束したもの。一緒に珊瑚の首飾りを作るって」
鯛は涙ぐみながら続けます。
「私との約束を果たさないまま、死んでしまうわけがない……」
「でも」
口を挟んだのは蝶々魚です。
「私たちがおいせ姉さまを見つけたとき、出入口の戸は、内側からかんぬきがかけられていたじゃないの」
「おう、そうだそうだ」
野太い声がしたので、皆は振り返りました。出入口を塞ぐように、たらばの大きな図体がありました。曲者を龍宮城から追放したようで、冬の間へ戻ってきたのでした。
「おれが、この戸を壊すまで、中には誰も入れなかったはずだ。つまり、おいせはこの寂しい冬の間に自ら閉じこもり、かんぬきをかけ、果てたということだ」
「ひどい、ひどいです……」
乙姫様は、なんとも悲しそうな顔で目を伏せます。その仕草が、太郎の胸を打ちました。なんとかこの人の助けになりたい。助けになれなくても、そばにいてあげたい。心の底から、太郎はそう思うのでした。
「あまりにも、ひどすぎる……」
乙姫様はそう言って、冬の間を出ていきました。誰も、その背中に声をかけることができず、追いかけることもできませんでした。乙姫様が去ってから、重い沈黙が冬の間を支配しました。
「これは、乙姫様を悲しませると思って言えなかったのだけれど……たらばを呼びに行く前、私がこの戸に耳を当てたのを覚えている?」
しばらくして、亀が口を開きました。蝶々魚に訊いているようです。
「ええ、覚えているわ」
「そのとき、かすかにおいせ姉さまの声が聞こえたの。『やめて……』って言っていたような」
一同の顔に戦慄が走りました。亀は太郎の顔を見つめました。
「やはり、おいせ姉さまは誰かに殺されたのです。浦島様、どうかその者をつきとめ、おいせ姉さまの無念を晴らしてやってください」
「えっ」
寝耳に水とはこのことです。
「どうして、私が」
「私たち海の生き物には知恵が足りませぬ。人の知恵を使って、どうか、おいせ姉さまの無念を晴らしてやってくださいまし。乙姫様のためにも」
太郎の心は決まりました。太郎は漁師です。人(ではありませんが)が死ぬという大事件を調べるなど、したことがありません。しかし、あの人のためならばやってできないことはない、と熱い思いがこみあげるのを感じるのです。
「わかった」
かくして太郎は、龍宮城で起こったこの不可解な事件の調査にあたることになったのでした。
五、
「ではまず訊きたいのだが」
太郎は冬の間で、並み居る龍宮城の生き物たちの顔を見回しました。
「この部屋には、あの白木の戸と襖の他に出入りできるところはないか」
「あ……」
めばるが何かを思いついたようですが、
「いや、あそこは無理よ」
蝶々魚がすぐさま打ち消しました。めばるも「そうね」とうなずいています。
「どうしたのだ」
「実は奥の壁に、外界に通じる窓が一つ、あるにはあるのですが、外にはびっしりと珊瑚が張りついているので、開けることはできないのです」
亀の背中に乗って龍宮城へやってきたとき、建物の壁がほぼ珊瑚で覆われているのを見たことを、太郎は思い出しました。
「龍宮城ができた大昔には開けることができたのですが、先代の龍王様が、珊瑚を張り巡らしておいた方が美しく、また曲者も入ってこないだろうと言ったそうです」
曲者という言葉に、あの上半身裸の男のことが頭をよぎりましたが、とにかく今は、おいせを殺した者がこの冬の間からどうやって出たのかという謎を解くほうが先です。
「窓のほう、おたしかめになりますか」
鯛が言うので、太郎はうなずきました。一同はぞろぞろと、がらんどうの雪の中を歩きました。雪は、万年雪のようにかちこちになっており、足跡は残りません。春の間に比べ、殺風景な部屋です。真ん中にかまくらがあるきり、枯れ木一本ない、真っ暗な雪景色なのです。
一同は、黒い壁の角に来ました。一人が通り抜けられるくらいの窓があります。太郎は力を込めて開けようとしましたが、びくともしません。細い覗き穴の外には、たしかにびっしりと珊瑚が張りついていました。
太郎はあきらめ、一同を率いておいせの死体が横たわるかまくらの横を通りすぎ、襖を開け、戸の前で足を止めました。足元は白い砂、目の前にはたらばが壊した白木の戸があります。
「おいせさんが誰かに殺されたのだとすれば、その者は殺した後ここを出て、何らかの手立てでこのかんぬきをかけたということになる」
太郎は一同を振り返ります。かんぬきは、一尺ほどの長さの丸い棒です。左右の扉にそれぞれ一つずつ鉄の輪がついており、これに通す作りです。戸は、今は蝶番が壊されて外れていますが、もともとは枠にぴったりはまるようにできており、閉めてしまえばすこしの隙間もありません。外からこのかんぬきをかけるのは、まったくできないように思えます。不安な沈黙でした。
「よし」
太郎は、一同を安心させるように言いました。
「一人ずつ事情を聞こう。最後に生きているおいせさんを見たのは誰なのか、おいせさんが殺されたであろう頃にどこにいたのか、包み隠さず話してもらおう」
龍宮城の生き物たちは不安げな表情で、お互いの顔を見合わせるのでした。
*
太郎による龍宮城の生き物たちの聞き取りは、春の間で行われました。実は春の間では、鰯、秋刀魚、鮟鱇、かわはぎの四人が花見の宴を開いていたのですが、たらばが強く迫って解散させられていました。ちなみにこの四人は、事件のあった時間もずっと宴を開いていたので、おいせを殺すことはできません。
満開の桜がはらりはらりと舞い落ちていきます。部屋の中なのに陽光おだやかでぽかぽかとしており、眠くなりそうですが、そういうわけにはいきません。
「たらばが蛸を捕らえて、懲罰の岩部屋へ運んでいき、乙姫様が私たちに部屋に戻るように言ったのは、覚えておいででしょう」
はじめの聞き取りの相手は、亀でした。亀は、ぽつりぽつりと話していきます。子どもらに殴られた額の傷は癒えたようでした。
「あのあと、私たちは言いつけどおりにそれぞれの部屋に戻ったのですが、しばらくして、めばるが私の部屋にやってきて、『やっぱり踊りのお稽古をしましょうよ』と誘うのです。私もお稽古をしたくてしょうがなかったので、まずおいせ姉さまを誘おうと、二人で姉さまの部屋へ行ったのです。ですが、戸を叩いても返事がありませんでした」
そのときすでに、おいせは冬の間で死んでいたというのでしょうか。太郎は考えながらも、先を促します。
「しかたがないので、鯛と蝶々魚を誘いました。平目も誘おうとしたのですが、姿が見えませんでした。私たち四人は、一階の空いている部屋に行こうということに話がまとまりました。まず春の間を覗いたのですが、鮟鱇兄さんたちが花見をしていて、追い返されてしまいました。夏の間は雲丹と海鼠の兄さん二人が甲羅干しをしていましたし、もとより暑くてあそこでは稽古ができません」
雲丹と海鼠の二人も宴の後、ずっと一緒にいたので、おいせを殺すことができないことは明らかになっています。
「秋の間では海牛さんが俳句を詠んでいました。その横でお稽古ができぬわけでもないのですが、蝶々魚が恥ずかしがるものですから」
「なぜ恥ずかしいのだ?」
「浦島様、蝶々魚は、海牛さんのことが好きなのですよ」
龍宮城の生き物たちのあいだにも、いろいろな関係があるものです。太郎は、それについては詮索をしないことに決めました。
「それで、冬の間で稽古をしようということになったのだな」
「はい。ところが、冬の間の戸が開かないのです。あの戸にはかんぬきがありますが、今まで一度だって閉められたことはなかったのです。中の様子をうかがおうと戸に耳をあててみると、おいせ姉さまの苦しそうな声がしたのです。私は、蝶々魚たちと共に玄関からたらばを呼んできて、戸を叩きました。中からは返事がなかったので、たらばがさすまたで戸を打ち破りました。襖を開けるとかまくらの前に……」
亀は声を詰まらせます。
「おいせは『やめて』と言っていたのだな?」
「……はっきりとそう言っていたかは、実は自信がないのです。しかし、苦しそうでした」
「そのときお前と居合わせたのは、蝶々魚、鯛、めばる、たらばの四人だな」
「はい。……あ、いえ。平目もです」
「平目? 平目は姿が見えなかったと言ったではないか」
「私たちがおいせ姉さまの体を揺すっていると、出入口から『何かあったの?』と入ってきたのです」
「それまで平目はどこにいたのだ?」
「わかりません」
亀は首を振ります。太郎は、次に事情を聞く相手を平目にしました。
*
「平目よ、蛸の騒動があったあと、亀やめばるが踊りの稽古に誘いに行ったとき、お前は部屋にいなかったということだが、どこにいたのだ」
平目は、顔の片方に寄った目をきょろきょろさせ、体をもじもじさせながらしばらく考えていましたが、やがて答えました。
「実は……、海牛さんを見ていたのです」
「海牛さん?」
「やることがなく、部屋を出て一階へ下りると、秋の間の近くで海牛さんが柵にもたれ、中庭を眺めているのが見えました。私はとっさに身を廊下と同じ色にして、海牛さんを見ていました」
蝶々魚だけでなく、この平目も、美顔の海牛に思いを寄せているようです。
「海牛さんは、中庭を見て不思議そうに首をかしげていましたが、やがて秋の間に入っていきました。私も追って入り、落ちている紅葉の色に身を染めて隠れ、海牛さんを見ていたのです。俳句を考えている海牛さんの姿は、それは素敵でした。しばらくしていると、遠くから何かが壊されるような音、ついで悲鳴のようなものが聞こえた気がしました。私は何事かと廊下へ出て、冬の間のほうへ足を向けました。冬の間の戸は壊されていて、中へ入ると、おいせ姉さまが倒れていたのです」
ここから先は、亀の証言と一緒であった。
「おいせを殺すほど憎んでいた者に心当たりはないか」
「ありません。……いえ、本当はあるのですが、その方はもうずいぶんと前においせ姉さまと大喧嘩をして、乙姫様の怒りを買い、龍宮城を出ていってしまったのです」
それではその者には、おいせは殺せないでしょう。太郎はそれ以上、平目に訊くのをやめました。
*
「いかにも、私は中庭を眺めていましたよ」
緋毛氈に座った海牛は、流れるような黒髪を梳く仕草をしながら答えました。女性のような顔つきで、その声も透き通るような美青年です。
「いえね。いつもなら中央の大ととき貝の台と、それを囲む岩との均衡が美しいのですが、あのときに限って台と岩の配置がおかしい気がして。誰か中庭の模様替えでもしたのかと思っていたのですが、さっき見たらいつも通りでした。気のせいだったようです」
何がおかしいのか、ははは、と海牛は笑います。
「お前の姿を平目が見ていたのは知っていたか」
「いえ。気づきませんでした。あの子は、床の色と同化できますから」
海牛は中庭を見ていたあと、秋の間へ入り、俳句をひねり出していたと証言しました。亀や平目の証言と一致します。
「誰か、おいせに恨みを抱く者に心当たりはないか」
太郎のこの質問に、海牛は明らかに気分を害したようでした。
「この龍宮城は、誰もが羨む理想郷です。みんな仲良く暮らしています。そのようないがみ合いとは縁遠いのです。私のために、誰も争ってほしくはないのです」
最後の一言は何なのだろう、と太郎は思いました。どうもこの青年は、顔はきれいなのですが、話がちぐはぐで信用できないところがあります。
*
その後の聞き取りは、蝶々魚、めばる、たらば……と進み、龍宮城のほとんどの生き物について行われました。
「やあ……先刻は、みっともないところを……。へえ、おいらで、最後みたいです」
やってきた蛸は、ひょろ長い手ではげ頭をぴちゃぴちゃ叩きながら、ばつが悪そうに笑います。最後というところに、太郎はひっかかりました。事件が起こってからというもの、部屋にこもりっきりになっている乙姫様がやってこないのは別として、他にもう一人くらい住人がいた気がしていたのです。
「浦島の旦那、どうかしましたか」
考えていると蛸が話しかけてきましたので、太郎はとりあえず、蛸の話を聞くことにしました。
「蛸よ。お前は、事件があったあいだ、ずうっと懲罰の岩部屋なるところにいたのだな?」
「ええ、そりゃもう。たらばのやつめ、力が強いもんだから、へえ」
「それはどこにあるのだ」
「地下ですよ。階段の下に、扉があるでしょう。あそこを開けると、地下に通じる階段がありまして、その下にじめじめした、陰気な岩部屋があるんですよ。へえ」
蛸は顔をしかめます。
「この龍宮城の仲間は、日々、仲睦まじく暮らしております。それでもたまに悪さをして乙姫様を怒らせると、閉じ込められてしまうのです」
「お前は今の今まで、そこに入っていたというのか」
「そうです。おいせさんが殺されたなんてもう、驚いてしまって」
一つしかない岩部屋の鍵は、ずっとたらばが持っていたと言います。蛸には、おいせを殺す機会はなかったことになります。
「蛸よ。おいせを殺したいという気持ちを持つ者に、心当たりはないか」
「いやあ、おいせさんは、あの粗暴なたらばのことが嫌いで、近づくのも嫌だと言っていましたがね」
ぴちゃりとはげ頭を叩きます。
「しかし、たらばがおいせさんを殺すとは思えねえ。それよりはその、女の子たちのほうがね。しかしまあ、……おいらはとんとその、色恋沙汰というものに疎いもんでして、へえ」
「色恋沙汰?」
「海牛をめぐる色恋沙汰ですよ。浦島の旦那も、もう二日もこの龍宮城にいりゃ、わかるでしょうよ。あいつぁ、おいらと違って色男ですから。平目だけでなく、蝶々魚も、めばるも、鯛もみんな、海牛にホの字です。しかしその中で、海牛と一番親しかったのがおいせさんでしょうねえ。他の誰よりも、大人っぽいから」
「女子のうちの誰かが、海牛を奪うためにおいせを殺したということか」
「何もそこまで言っちゃいませんよ」
しかしながら、蛸の考えはそれに近いようでした。このとき、太郎の中にひらめきが生まれたのでした。
「まあ、この龍宮城じゃ前にも、河豚の一件がありましたからねえ」
太郎が考えをまとめようとしているのに、蛸は事件と関係のないようなことを言いました。
「旦那が泊まってる隣の部屋、空き部屋でしょう。あそこには河豚という太った女がいたんですがね、これが海牛に夢中になった挙句、おいせさんに毒を飲ませようとしたしないって、おいせさんと大喧嘩をしたことがありましてね」
太郎はそんなことには興味がありません。興味があるのは、今、龍宮城で起こっている事件です。
「河豚のやつはもともと、毒を使わないという条件でこの龍宮城に置いてもらっていたんでね、乙姫様の怒りを買って、追放になったんですよ。ま、おいらはあれは、濡れ衣だったと思ってますがね。……ああ、すみません、関係のない話を。おいらの話、役に立ったでしょうか」
「ああ、ありがとう」
太郎は蛸と共に、緋毛氈から立ちあがりました。推理は、組みあがっていました。