赤ずきん、イソップ童話で死体と出会う。【試し読み】_タイトル画像

北風と太陽

1.

「こりゃひどい」

氷の彫刻になってしまった男の人の前に立ち、木こりのデンドロが嘆きました。ここはピリーウスの船会社。経営者はミンガスというデンドロの古くからの知り合いで、元は船大工だったのですが、今は貿易会社から委託を受けて船を運航するこの会社を経営しているのだそうです。赤ずきんは、コマルセイユまで乗せてくれるよう頼むつもりでしたが、これではその願いは叶いません。

「どうせこの様子じゃ、港も全部凍り付いちまって船なんか出せねえよ」

元オオカミ少年のロリヒが、吐き捨てるように言いました。

「そうね。とにかく、誰か無事な人を探しましょう」

三人は船会社を出て、歩きはじめました。それにしてもなんと恐ろしいのでしょう。グリース国でもっとも繁栄した町と言われているピリーウス。その町が、家も、木々も、運河も、そして人々も、何もかも凍っていて真っ白なのです。

「誰かいなーい?」

「おーい」

「返事をしてくれー!」

三人で大声を上げますが、どこからも返事がありません。遊びながら、買い物をしながら、洗濯をしながら、人々は凍っていったのでしょう。その体勢のまま、氷の彫刻になってしまっているのです。

「見ろよ、鳩まで凍っちまってるぜ」

鳥の翼の形をした看板が掲げられたその建物を覗き込み、ロリヒが言いました。

カウンターの上に、足に紙を結わえ付けられたまま凍った鳩が三羽倒れていて、その奥に作業着姿の従業員が三人と、たくさんの鳥かごがあります。鳥かごの中の鳩もまたみな、凍り付いていました。

「何なの、この建物は」

「伝書鳩オフィスだよ」

足に結び付けた手紙を遠くの町まで運んでくれる鳩だそうです。グリース国ではいくつかの町にこういうオフィスがあるとデンドロは言いました。

もっとも、今や壁際にある三つのかごにある未配達の手紙もすべて、凍ってしまっています。

「いったい、イソップは何を考えているの? 町をまるまる一つ凍らせるなんて……

赤ずきんの胸に浮かぶのは、怒りと呆れの入り混じった感情でした。

「しっ」デンドロが人差し指を立てました。「〝イソップさん〟と言わないと危ないぜ」

「もうそんなの気にする必要なんざないぜ」

ロリヒが唾を吐きます。

「こんなことをする奴は悪魔だ、出てこい、イソップめ!」

やがて三人は、町の中央と思しき広場にやってきました。制服を着た男たちが十人、かっちりと整列したまま凍り付いています。

「ピリーウス警察の連中だ」

デンドロが戦慄したように言うそばで、ロリヒは別のところを見ていました。

「イソップの野郎がこの町を凍らせた時刻ははっきりしそうだぜ」

彼の視線の先には塔があり、時計が凍り付いているのでした。「1」から「24」までの数字がある二十四時間時計で、小窓には日付も表示されています。それが、「10日・18時」で止まっているのです。

「今日は十一日だ。昨日の十八時、つまり午後六時にやられたんだね」

デンドロがつぶやきました。

赤ずきんは広場の中心にある円形台に注目します。一人の痩せた男の銅像が立っています。右腕に、折りたたんだコートをかけているようでした。

「この像は?」

「グリース国に伝わる昔ばなしに出てくる旅人さ」

「どんな話?」

「今、その話をするか?」

ほとほと疲れた様子で、デンドロは訊き返しましたが、やがて、ふっ、と笑みを浮かべました。

「むかしむかし、ピリーウスの町に一人の旅人がやってきました。旅人がコートを着ているのを見た北風が……

「おい!」

ロリヒが叫びます。

「今、そこの菓子屋の角から女がこっちを覗いていたぞ」

「えっ?」

「待てこの!」

ロリヒは走り出します。地面の石畳が凍っているので、気を付けなければ滑って転びそうです。赤ずきんとデンドロはついていくのに必死でした。

菓子屋の角から延びる細い道に入ると、たしかに誰かが逃げていくのが見えます。痩せた女性でした。鳥の羽で飾りたてた、やたら派手なコートを着ています。

「待てって!」

その鳥の羽コートの女性は、ロリヒの声に飛び上がったかと思うと、細い道をさらに奥に逃げていきます。右手に、黒い建物が立っています。扉が二つ並んでいて、一つは倉庫、もう一つが店舗になっているようでした。その店舗の開いている扉に女性は入っていきました。追いかけるロリヒが店内に飛び込むと、すぐにぎゃあと悲鳴が響きました。

「やめなさい、離しなさい!」

そこは雑貨屋のようでした。瓶や石鹸やブラシなどが散らばった床で、ロリヒにのしかかられた女性は両手両足をバタバタさせています。

「イソップの手先だな、お前」

「何を言っているの、イソップだなんて。きゃあ、きゃあ」

「やめて、ロリヒ」

赤ずきんは止めました。

「まずは事情を聞きましょう」

それでロリヒも落ち着きを取り戻し、彼女を離しました。彼女は立ち上がり、コートをばっさばっさと振ります。黄、青と、きらびやかな鳥の羽が左右対称に取り付けられていますが、右肩にある三つの黒い房飾りが、左側には付いていません。

年齢は三十歳の手前といった感じでしょうか。黒い髪にも赤や黄色や青の羽の髪飾りをつけていて、目の周りを黒く縁取るような化粧をしています。スリムでスタイルはとてもいいのですが、高慢そうな印象でした。

「こんにちは。私、赤ずきん」

赤ずきんは自己紹介をし、デンドロとロリヒも紹介しました。彼女は冷ややかな目で赤ずきんを見ていましたが、やがて胸を押さえて、あー、あー、と歌う前に調子を整えるような声を出しました。

「私は鳥の女王、メンデスよ」

家に帰る船に乗るため、港町にやってきた赤ずきん。しかし港町は凍っており、おまけに鳥の女王と名乗る女性と出会います……
赤ずきん、ショック!!

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