赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。【試し読み】_タイトル画像

第4幕 なかよし子豚の三つ密室 見出し画像

1.

赤ずきんは、大きなレンガの道の真ん中に立っていました。

あちこちに工場があるらしく、煙がもくもくと昇り、トンテンカンテンと音がしています。鍬や鋤やシャベルやつるはしといった道具がたくさん積まれた、見たこともないくらい大きな荷車が、五台も続いてごろごろと引かれていきます。引いていくのは、太った豚たち。人間のように二足歩行をしていますが、みんなずいぶんと暗い顔をしているのでした。

「人形劇で観たけれど、ずいぶん発展した街だわ。ねえ、ピノキオ」

旅の初めには頭しかなかったピノキオは、今や胴体と両手が揃って、バスケットに入りきらなくなっていました。それで、赤ずきんの背中に括りつけられているのです。

「このうすのろっ! ちゃんと引けっ!」

怒号とともに、ばしりと音が鳴り、赤ずきんはびくりと身を震わせました。

「す、すみません」

軍服のようなものを着た太った豚が鞭を振り回す前で、一人の痩せた豚が平謝りしています。謝っている豚の頭には、黄色い毛が生えているのでした。

「お前の代わりなど大勢いるんだぞっ! この汚い労働豚めっ! 元の姿に戻さないで、死ぬまでこき使ってやろうか!」

「どうかそれだけは。お助けください」

彼だけでなく、荷車を引く豚たちはみな、ずいぶんとげっそりしています。鍛冶屋から出てくる豚も、重そうな荷物を背負って運んでいく豚も、頭に黄色い毛の生えている豚はみな、顔に生気がないのです。

「あの、毛の生えている豚は、豚に姿を変えられた人間たちね。マーサさんの店で見た『ティモシーまちかど劇場』の人形劇はやっぱり本当の話だったんだわ」

「いいんだよ、そんなことは!」

背中でピノキオが喚きながら、両腕を振り回しました。

「それよりこのハエたちをどうにかしてよ!」

今朝から赤ずきんの周りを、見たこともない黄色いハエがぶんぶんと飛び回っているのです。ずきんを被っているので赤ずきんはさほど気にならないのですが、案外繊細なところのあるピノキオは、ハエが気になってしょうがないようです。

「いいじゃないのハエくらい。それより、両足はどのあたりにありそう?」

「ずいぶん近いと思うよ。頭がじんじんするから。ちょっと誰かに訊いてみてよ。あっ、あっ、このハエどもっ!」

本当に世話の焼ける人形だわ。赤ずきんが唇を歪ませたそのときです。

「おーい、赤ずきんじゃないか?」

カボチャの形をした看板のある大きなカフェのテーブルで、こちらに向けて手を振っている青年がいました。くるくるのくせっ毛に、貴族風の紫色の上着。一目見て、誰だかわかりました。

「ジルじゃないの!」

「ほーらやっぱり赤ずきんだ。こっちへおいでよ」

この旅の始まり、ランベルソの街で出会った、ジルベルト・フォン・ミュンヒハウゼンという貴族の息子です。テーブルの上ではティーカップが湯気を立てていますが、その脇にわらでできた小さな箱が置いてあります。

「やあピノキオ、ずいぶんと体が集まったじゃないか。あとは足だけかい?」

「うん。それよりジル、このハエ、どうにかならないかな?」

「んー? はっはあ、これはキビクイバエだね。トウモロコシのひげばかり好んで食べるハエさ。赤ずきん、ここにトウモロコシのひげがいっぱいついてるよ。ここにも、ここにも」

ジルは赤ずきんのずきんから、ひょいひょいとトウモロコシのひげを摘まんでいきます。赤ずきんには、思い当たることがありました。

「そういえば昨日、親切な農家のおじさんの、トウモロコシの貯蔵庫で寝かせてもらったのよ」

「そういうことか。こいつらの食欲はすごくてね、集団でいると一瞬でトウモロコシのひげを食いつくしてしまうよ。まあ、食べるのはひげだけだから被害はまったくないんだけどね」

不思議な虫がいたものです。

「ねえ、ところで、ジルはどうしてこの街にいるの?」

ピノキオが訊ねました。

「僕が嘘つき学を研究しているのは知っているだろう? 労働者階級のつく嘘のサンプルがたくさん欲しくてね。労働者の多いこの街で聞き込み調査を申し込んだんだけど、許可証の発行に時間がかかっているのさ」

「聞き込み調査に、許可証が必要なの?」

「ああ。それだけ、労働者の管理が厳しいってことだよ」

赤ずきんは声を潜めました。

「ここで働く豚たちって、やっぱり、元は人間なの?」

「そうさ。君はこの街のことはどれだけ知っているんだい?」

赤ずきんは早口で、『ティモシーまちかど人形劇』で見たブッヒブルクの成り立ちのことを話しました。

「なるほど。その人形劇の内容はおおむね事実だけど、労働者たちについては補足があるよ。たしかに初めはよその街で豚に変えた人間を連れてきて働かせていたらしいが、それが問題になってね、三十年ほど前からは、穏やかな方法で人間を豚に変えて、働かせるようになったのさ」

「穏やかな方法って何よ?」

「お金で買ってくるんだよ」

周辺の都市や農村には、貧しくてその日のパンも買えない家庭がたくさんあるといいます。そういった家庭はお金と引き換えに、子どもをブッヒブルクに労働者として差し出すというのです。

「差し出された子どもは豚の姿に変えられ、『労働豚』として豚の親方の下でいろんな仕事に従事させられる。相応の稼ぎをすれば人間の姿に戻してもらって解放されるという約束になっているらしいけど、そのお金には年々高い利子がつくそうだから、人間に戻れる豚はほとんどいないそうだよ」

「なんてひどい仕組みなの? 全然穏やかじゃないわ」

「しーっ!」ジルベルトは唇に人差し指を当てます。「あまりめったなことは言わないほうがいい。僕たちみたいな観光客の身の安全は保障されているけれど、この街では特に、人間は目立つからね」

「でも、豚が人間を支配するなんて!」

「彼らだって家族のために納得して来ているんだ。そうかっかしないで、これでも覗きなよ」

ティーカップの脇に置いてある、わらでできた箱を見せてきます。よく見れば、小さな穴があいていて、ボタンがあります。

「何よ、これ?」

「覗き箱さ。さっきウェイターに聞いたんだけど、ここ一週間のうちに、突然街のあちこちに現れたんだって。子供だましだけれどけっこう精巧な出来だよ。覗いてボタンを押してごらんよ」

言われるようにしてみたら、中でかたかたと子豚の人形が踊っているのが見えました。

「面白いけど……こんなんじゃ、怒りは収まらないわ! 魔女をも支配して人間を豚にして……

とここで、赤ずきんは大事なことを思い出しました。

「ねえジル、三兄弟の言いなりになっている魔女って、マイゼン十九世っていう名前?」

「ああ、たしかそうだね。どうして知っているんだい?」

「ピノキオの体を盗んだの、その魔女なのよ」

「なんだって?」

赤ずきんは、アプフェル王国のヒルデヒルデが言っていたことをジルに説明します。

「ジル、マイゼン十九世は、何かの儀式にピノキオの体を使おうとしているらしいんだけど、その儀式って何かしら?」

「ひょっとしたら……寿命を延ばす儀式かもしれないね。僕もさっき聞いたんだけど、三兄弟が先代の魔女から百年の寿命を授かってから、今年でちょうど百年が経過するそうだ。それで、ちょうど明日、その延命の儀式が行われるらしいよ」

「明日!」

間違いありません。タマネギザクロという不思議な木でできているピノキオの足を、マイゼン十九世はその儀式に使うつもりなのでしょう。儀式の前に、足を回収しなければなりません。

「お願いジル。ピノキオの体を取り戻すのを手伝って」

ジルは腕を組んで「うーん」と難しい顔をしました。

「僕には僕でこの街に来た目的があるわけだから、三兄弟を敵に回すのは避けたいね。……だけど、君がこの街に来た理由は三兄弟には知られないほうがいいようだ。とりあえず、僕の調査の手伝いをしに来たということにしよう。君は三兄弟に近づける。探りたいことは勝手にそれとなく探ればいい。君、そういうの、得意だろう?」

得意な自覚はないけれど……と思っていたら、

「アンドレ、こっちだよ!」

ジルが手を振りました。向こうから一匹の子豚が歩いてきていました。ストライプのシャツに蝶ネクタイ、ワインレッドの高価そうなジャケットを羽織っています。

「お待たせしました、ジルベルト・フォン・ミュンヒハウゼン殿」

子豚はニヤリと笑い、軽くお辞儀をしました。豚の年齢はよくわかりませんが、人間にして十歳くらいかと思われました。

「ものものしい呼び方はやめてジルって呼んでくれよ。こちらは僕の助手の赤ずきんと、ピノキオさ」

助手という言い方は気に入りませんでしたが、赤ずきんは極めて可愛らしく見えるように、「こんにちは」と挨拶しました。

「どうも。……おや? こちらの木の人形も、助手さんなのですか?」

「そうだよ」

ピノキオが返事をした瞬間——にょーんと鼻が伸びます。

「わ、わわわ」

「ああ、ピノキオ、控えなさい」赤ずきんはとっさに言いました。「ごめんなさいアンドレさん。今、ピノキオは風邪をひいているの。この人形は、くしゃみの代わりに鼻が伸びるのよ」

アンドレは疑わしそうにピノキオを見ていましたが、「そうでしたか」と取ってつけたような微笑みを浮かべ、ポケットから木の札を出しました。

「こちらが許可証になります。ところで、許可証には我々三兄弟のサインがないといけないことになっております。私のサインはここに」

木札には「アンドレ」というサインがありました。

「マイケルとパトリックのサインは?」

ジルが訊ねると、アンドレは眉を顰めました。

「パトリックはレンガ工場にいけば捕まるでしょうが、心配なのはマイケル兄貴ですね。まだ寝ているかもしれません……一緒に、家に行ってみますか」

「ああ、そうしよう」

ジルは答え、赤ずきんのほうを向きました。ついておいで、と言っているようでした。

「嘘をつきました、反省しています。嘘をつきました、反省しています」

ピノキオは小声で言いました。ぴゅるりりと鼻が縮んでいく様子を、すでにこちらに背を向けているアンドレは見ていませんでした。

ピノキオの体のコンプリートが迫っています。
ピノキオは無事、元の体に戻れるのでしょうか? ですが何やら謎めく豚の街
『ティモシーまちかど人形劇』で描かれていたことは?

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