赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。 【試し読み】

第3章 眠れる森の秘密たち 見出し画像

1.

そのおじいさんは、とても不思議な銀ぴかの椅子に座っていました。

側面から背後にかけて、大小たくさんの歯車がかみ合っていて、手すりにはサーベルの柄のようなレバーがいくつか付けられています。それだけでなく、椅子の両側面には、大きな車輪がありました。

「おい、わしを助けろ」

おじいさんは赤ずきんに命令しました。地面から盛り上がってタコの足のように複雑に絡み合っている樫の木の根っこに、その車輪が嵌まってしまい、動けなくなっているのでした。

「おいグリジェ。早くせんか」

赤ずきんのことを誰かと勘違いしています。ずいぶんと失礼なおじいさんですが、他に人も通らないような森の中、助けないわけにはいきません。

赤ずきんは唯一の荷物であるバスケットを地面に置き、その椅子のうしろに回り込みました。ちょうど握りやすい横棒が付いていましたので、それを力を込めて押しました。がたんと音がして、すぐに車輪は根っこから抜けました。

「ふう、助かった。上出来、上出来」

おじいさんは赤ずきんの顔に目を移し、「ん?」と目をしばたたかせました。

「おぬし、グリジェではないな」

「そうよ。私は赤ずきん」

「グリジェはどうした? いつ入れ替わった?」

「初めから私だわ。ねえおじいさん、私は旅をしているの。今晩、泊まるところを探しているんだけど、おじいさんの家はダメかしら?」

「この! 誇り高きグーテンシュラーフ王国の宰相、キッセンにむかって『おじいさん』とは何事だ!」

こぶしを振り上げて赤ずきんに殴りかかろうとしますが、赤ずきんはひょいとよけました。

「ごめんなさい。そんなに偉い人だとは知らなかったの」

宰相といえば、一国の政治の長です。このおじいさんが……? そんなわけありません。ちょっとボケているのでしょう。

「まあいい。泊めてやらんことはない。ちょうど今夜は知り合いを呼んで晩餐会を開くんじゃ。ついてこい」

キッセンじいさんは、椅子についているレバーをつかみ、舟でもこぐように動かしました。がちゃこんぎぎ、がちゃこんぎぎ、と機械音を立てて車輪が回ります。動きはじめた椅子の後を、赤ずきんは追いかけました。

やがて森は開け、町が見えてきました。町の中央の丘のくねくねとした道を、キッセンじいさんを乗せた椅子はがちゃこんぎぎ、がちゃこんぎぎと上っていきます。

丘の上にあったのは、とても立派な、二階建てのお屋敷でした。キッセンじいさん、かなりの名士のようです。考えてみればこの妙ちきりんな椅子も、お金があればこそ作れるのでしょう。

「宰相!」

いよいよお屋敷が近づいてきたころ、走り寄ってくる女の子がいました。

「おお、グリジェ。ここにいたのか」

「お帰りが遅いので心配しておりました」

髪の毛の色はだいぶ違いますが、背格好と年齢は赤ずきんと同じくらいでした。

「初めまして、私は赤ずきんです。旅をしている途中なの」

「今晩、泊めてやることにした。食事を一人分多く用意するよう、トロイに伝えろ。……おや、スムスのやつはもう来ているのか」

キッセンじいさんは、屋敷の玄関脇に駐めてある大きな荷車に目をやりました。持ち主は整理が苦手なのか、船でも解体してきたかのような金属のガラクタがたくさん載っています。

「はい。先ほどお見えになりました。ブルクシさんも、もうすぐお見えになるかと」

「そうか。今晩はにぎやかになりそうだな」

赤ずきんはふと、上ってきた丘の道を振り返りました。

「わあ……

思わず声が出ました。オレンジ色の西日の中、町と森が広がっています。歩いていたときには気づかなかったのですが、森の中に、三つの尖塔を持つとても荘厳なお城があったのです。シンデレラと舞踏会に参加したあのクレール・ドゥ・リュヌ城よりもずっと大きく、ずっと立派で……、しかし次の瞬間、赤ずきんは違和感を覚えました。

何というか、お城に活気が感じられないのです。外壁は黒ずみ、尖塔の上部まで蔦が絡みついています。

もう何十年も人が住んでいないようなそのお城は――、眠っているように見えました。

この後赤ずきんは、お屋敷に泊まったことで、
関係者の「秘密が多すぎる事件」に巻き込まれるのでした……

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