去る4月11日、モンキー・パンチ先生が逝去されました。弊社にとっての礎を築いて頂いた先生でした。謹んで哀悼の意を表するとともにご冥福をお祈りいたします。

株式会社 双葉社

モンキー・パンチ先生訃報に際し

既報でご存知だと思いますが、モンキー先生が逝去されました。正直悲しくて言葉が見つかりません。私の30数年の編集者人生とともに先生との思い出が蘇ります。

私にとって、モンキー先生が編集者として初めての担当作家さんでした。1985年に入社し配属先は「週刊漫画アクション」編集部。当時は特に長期の研修などなく、ささっと話があってすぐ配属でした。その配属2日目に編集長が「作家に会いに行くからついて来い」というので、連れて行かれた先が、当時大泉学園にあったモンキー先生の仕事場。そこでいきなり「ルパンの新作を前後編の読みきりでモンキーさんに描いてもらうことになってるから、お前担当な。原稿もらうだけだから後ヨロシクな」って。えっ、えっ、えええ~、まだ2日目、ワタシナニモワカリマセン状態なんですけど。と思いつつも、そうして私の編集者人生がスタートしたのでした。

その後も先生とはお付き合いさせていただき、私も後輩が出来、30歳を越えたころに、「漫画アクション編集部」の若手編集者(今は亡き優秀な編集者でした)がアニメでなく、漫画でルパンが読みたい。原作のテイストで漫画が読みたい。という想いで、モンキー先生に理解とご許諾を頂き、若手漫画家による漫画での新作『ルパン三世』がスタートしました。それが『ルパン三世S』(監修:モンキー・パンチ 作:高口里純 画:Syusay)でした。当時は『Syusay版ルパン』と呼んでいました。その後も『ルパン三世Y』(監修:モンキー・パンチ 作画:山上正月)『ルパン三世M』(監修:モンキー・パンチ 作画:深山雪男)と続きます。

同時に「週刊漫画アクション」での連載から増刊刊行という形で「ルパン三世総集編」を立ち上げました。その間もずっと、モンキー先生には先生ご自身による新作をお願いしていたのですが、その当時の先生はデジタルにはまってて(とんでもなく早い時期で、マシンもとんでもなく高額な時期でした)「デジタルでイラストを描いてんだよね。それならいいよ。」というので、毎号(月刊)デジタル書下ろしのイラストピンナップという形で連載していただきました。先生の近況インタビューやルパンアニメ創成期の話など、盛りだくさんの内容でした。

その後、正式にトムスさんにも加わっていただき、発展する形で「ルパン三世officialマガジン」へと変わり、『ルパン三世Y』の連載はじめ、『ルパン三世H』(原作:モンキー・パンチ 監修:トムスエンターテインメント 作画:早川ナオヤ)、などの連載も始まります。

担当者も変わりながら、毎月先生にお会いし近況を聞き、時には私も先生のご自宅にある、オーディオルーム(というよりも個人映画館といった方がいいかも)で先生のコレクション映画を観たり、映画論を聞いたり、最新の機器の講釈を聞いたり。3Dカメラの存在を知ったのも先生の仕事場でした。デジタルの可能性を語り、先生自身が60歳を過ぎて勉学に励んだりと『ルパン三世』を生み出したときと同じように、先を、新しいものを見続けてきた先生でした。マンガジャパンという漫画家さんたちの集まりが出来たときに、同時にデジタルマンガジャパンを提唱したのも先生でした。今の漫画界でのデジタルの波をいち早く捕らえ、それを面白がる、それが出来る先生でした。歳なんて関係ない。時代の波を面白がることを教わり、気付かせてくれた先生でした。

長々と書いてしまいました。いくら書いても尽きません。先生との思いを書くことは同時に私の30数年の編集者人生に重ねることになってしまうので。

大好きなモンキー先生ありがとうございました。もっともっとお話がしたかったです。過去の話も未来の話も。感謝も文句も。安らかにお眠り下さい。永遠に「ルパン三世」は生き続けます。合掌。

株式会社双葉社 取締役編集局長 島野浩二

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