『犯人に告ぐ4 暗幕の裂け目』

雫井脩介/評・細谷正充

神奈川県警の巻島史彦が、巨悪と対峙する。劇場型捜査を扱ったシリーズは、ついに完結を迎えた

 劇場型犯罪ならぬ劇場型捜査。事件を担当する刑事が、マスコミを使って情報を求めるだけでなく、犯人にも直接呼びかける。この秀逸なアイデアを起用した雫井脩介の『犯人に告ぐ』は、大きなヒット作となり、映画化もされた。作品はシリーズ化され、第四弾となる本書で、見事に完結したのである。一発ネタとしか思えない劇場型捜査を、ここまで膨らませた作者の手腕を、大いに称揚したい。
 神奈川県警の特別捜査官の巻島史彦は、部下たちと共に、大胆な犯行を繰り返す〔リップマン〕を追っていた。だが前巻で、あと一歩のところまで追い詰めながら、取り逃がしてしまう。とはいえ〔リップマン〕は、彼を使嗾していた〔ワイズマン〕の手下に襲われ生死不明。そんな状況を利用し巻島は、かつて劇場型捜査のために使った、ネット配信番組「ネッテレ」に出演し、〔ワイズマン〕の正体に迫ろうとするのだった。また、警察署内にいるスパイの〔ポリスマン〕の正体も暴こうとする。
 一方、大学院の博士課程に進んだ梅本佑樹は、奨学金の返済に悩まされていた。〔リップマン〕の犯罪に下っ端としてかかわっていた佑樹は、金欲しさに関係者と縁を切らなかったことから、予想外の事態に巻き込まれていく。
 物語は群像ドラマの様相を呈している。警察側と犯人側だけでなく、さまざまな人物が複雑に絡み合う。横浜にカジノを誘致するIR計画や、市長選まで組み入れたストーリーが重厚だ。巻島の部下でラッキーマンの小川や、いつのまにか事件の鍵を握ることになる梅本の扱いも巧みである。
 そしてシリーズを通じて厳しい捜査を強いられた巻島は、本書でも苦しむことになる。巨悪である〔ワイズマン〕と、それに群がる人々によって、捜査陣は敗北したかに見えた。ページ数も少なくなり、ドキドキしながら読んでいたら、巻島がやってくれた。だから気持ちよく、シリーズのフィナーレを堪能したのである。ああ、面白かった。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年12月号より)

『今を春べと』

奥田亜希子/評・瀧井朝世

母親だって趣味を持ちたい。競技かるたの奥深さに目覚めた女性と、その家族の成長物語

〈なにはづに さくやこのはな ふゆごもり いまをはるべと さくやこのはな〉
 競技かるたでは競技開始前に、この和歌を序歌として読むルールがある。冬を越えていよいよ春が来たと花が咲く様子を詠んでいる。奥田亜希子の『今を春べと』は三十九歳で競技かるたに出会った希海という一人の女性と、その家族の物語だ。かるたに限らず、大人になってから夢中になれるものを見つけた人には刺さる部分がたくさんあるだろう。
 希海は幼稚園の保護者仲間に誘われ、息子の郁登を連れて子ども向けのかるた教室に参加する。郁登はたちまちかるたに夢中になり、夫の勇助が無関心ななか、教室に通い、家でも二人で練習を始め、希海自身も百首を覚えていく。が、小学生になると郁登はサッカーに夢中になり、今度はサッカー経験者の夫が張り切りだす。かるたの楽しさや歌の面白さが忘れられない希海は、躊躇した末に、大人のかるた会に入会。そして会の主催者に後押しされ、D級を目指すことを決意。だが、そこに妻として母としての壁が立ちはだかる。
 上手い下手は別として、かるたは老若男女が参加しやすい競技だ(参加費の安さに驚く)。和歌の意味の奥深さ、ルールや戦術など、競技の面白さが描かれるのはもちろんだが、奥田作品だけに純粋なスポーツ小説とはまたちょっと違う。
 新たなことを始める時の、家族は了解してくれるかという不安、趣味を優先する罪悪感、スケジュール調整の難しさ、子どもと趣味を共有できないことや家族が無関心なことの寂しさ。その葛藤が詰まっている。作中、希海がパート仲間で法学部の大学生に、「趣味って……人権かな?」と聞く場面にはっとする。
 物語のなかで、やがて本作のタイトルが、何かをやろうとする人の背中を強く後押しする言葉へと変化していく。希海はかるた競技者として、勇助と夫婦として、どんな成長を遂げていくのか。エピローグを読んで熱いものがこみあげた。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年12月号より)

『さよならジャバウォック』

伊坂幸太郎/評・千街晶之

伊坂幸太郎デビュー二十五周年記念、SF的奇想とどんでん返しが炸裂する意欲的長篇

『オーデュボンの祈り』で第五回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞してデビューしてから、気がつけば早くも二十五年。伊坂幸太郎のそんな記念すべき年を飾る最新作『さよならジャバウォック』は、実に摩訶不思議な展開の作品である。まるで一行目で引用されるルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』のように。
 本書は「量子」と「斗真」という二つのパートが並行して進む構成だが、前者は、夫を殺害した佐藤量子の一人称の語りである。量子とその大学の後輩・桂凍朗の仲を邪推した夫が暴力を振るったため、反撃して死なせてしまったのだ。
 この冒頭を読んで、量子を主人公とする倒叙ミステリになるのかと大半の読者が予想する筈だが、そこに当の桂凍朗が唐突に現れ、夫の死体を隠せばいいと言い出す。まるで東野圭吾の『容疑者Xの献身』を石神哲哉ではなく花岡靖子の側から描いたような展開になるわけだが、それにしてもこの時点で頭の中が「?」だらけになることは必至だ。どうして凍朗は都合良くその場に現れたのか? どうして彼は量子が夫を殺したことを知っても驚いた様子を見せないのか?
 ……といった具合に、どこか合理的世界観のネジがゆるんだ感じで話は進んでゆく。語り手の量子も含め、どの登場人物も信用できない。「量子」と「斗真」の両パートに共通して登場するのは、破魔矢と絵馬という冗談みたいな名前の男女だが、彼らの狙いも謎に包まれている。
 ある種のSF的な奇想を軸として繰り広げられる物語だが、終盤にはサプライズが用意されており、本書に溢れ返る数々の違和感の正体がそこで明らかになる。複数のパートが並行して進む構成のミステリの種明かしには幾つかの既成パターンがあるけれども、著者は明らかにそれらを意識しつつ巧みに逆手に取っている。著者の作品系列の中でも、『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜の国のクーパー』『ホワイトラビット』などが好きなひとには特にお薦めの一冊だ。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年12月号より)

『波動の彼方にある光』

麻生幾・伊岡瞬・梶永正史・額賀澪・吉川英梨/評・末國善己

アクションと謎解きが鮮やかに融合した海上保安庁ミステリのアンソロジー

 遺失物や道案内でお世話になる警察とは違い、海上保安庁(海保)が身近な読者は少ないだろうが、海上の事件・事故を通報する一一八番が浸透し、領海警備など任務の重要性も広く知られてきている。本書は、その海保を舞台にした小説のアンソロジーである。  既に海上保安庁を題材にした作品を発表している吉川英梨、梶永正史、麻生幾らも参加していることからも分かるように、傑作ばかり五作が収められている。
 難関を突破し特殊救難隊員になった浜岡舷太が、同期が経験を積んでいるのに自分は活躍の機会がないと苛立つ吉川英梨「シロウト・トッキュー」。テレビ取材で卓越した技能を見せ「特救の鷹」と呼ばれている特殊救難隊副隊長の矢上了が、クルーザーの転覆現場で救助を行うが救出順を最後にした男性が流されて死亡し、その父親が海保不要論を唱える与党の政治家だったため批判にさらされる伊岡瞬「荒天の鷹」。この二作の主人公は、同期への嫉妬、外部からの誹謗中傷といった組織に属していれば誰もが経験しそうな問題に直面するので、お仕事小説としても楽しめる。
 荒天の中、離島でヘリの到着を待つ患者側と離島を目指すヘリの操縦士・栗本側をカットバックしながら進む梶永正史「コネクテッド」は、海洋冒険小説が多い本書にあって唯一の航空アクションである。
 海保の国際組織犯罪対策基地の捜査官・水無瀬と捜査の目から逃れている〈ジゼル〉との戦いを描く麻生幾「ストリクス」は、息詰まる攻防に引き込まれる。
 額賀澪「海めぐる給食室」は、父親の後を追い海上保安学校に入り成績トップで卒業した鳴海晴太郎が、巡視船に配属された初日に実習では問題なかった船酔いでダウンする。落ち込む晴太郎が、父親と同期で、ご飯を作る主計士の巴福子ら先輩や同期、家族の思い出によって再起する展開には、心に染みる深い感動がある。
 どの作品も周到な伏線からどこで騙されたか分からない意外な結末を導き出しているので、アクション好きも、謎解き好きも満足できるはずだ。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年12月号より)

『閲覧厳禁 猟奇殺人犯の精神鑑定報告書』

知念実希人/評・あわいゆき

「閲覧厳禁」の一言にこめられた、視線を送ることのおそろしさ

 閲覧厳禁。そう名付けられた小説、読みたくなるに決まっているからずるい。『絶対に押すなよ』と勧告されることで逆に押したくなるように、「ぜひ読んでください!」と言わんばかりの匂いをぷんぷん放っている。
 だからあなたも、つい手に取ってしまう。そこに葛藤はないだろう。会社の機密文書やグロテスクな画像とちがい――社会的にも肉体的にも害を及ぼさない、あくまでも「小説」でしかないのだから。
 ただ、あなたは「閲覧」を舐めている。閲覧する――視線を送る行為自体に含まれる、責任の重たさを。「閲覧」が持つ力はときに身を滅ぼしかねない。だから閲覧厳禁と書かれた警告を無視して本書を軽い気持ちで手にとってしまったら、軽はずみな気分を吹き飛ばすほど、恐怖に呑み込まれてしまうだろう。
 本作は精神科医の上原香澄が、猟奇殺人事件を起こした八重樫の精神鑑定を行ったときに起きた事件についてインタビューを受けるモキュメンタリーホラーだ。上原は精神鑑定の過程で、何者かに見られているという妄想に囚われていた八重樫が口にしていた「ドウメキ」と呼ばれる怪物の存在を知る。そして上原も謎の視線を感じるようになり、徐々におかしくなっていく。
 視線を感じるうちに精神がくずれていく恐怖を体験しながら、再現度の高い記事や写真が随所に挿入され、より強く現実を感じられるのはモキュメンタリーの醍醐味だ。さらに本作ではそれに加え、見取り図を用いた謎解きがいくつか用意されている。だから恐怖を抱きながらも楽しく読めるのだ――その楽しさこそが、最大の恐怖を抱かせる罠にもなっている。
 そして、本作の前日譚にもあたる『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』は、実際にスマホを操作する感覚を味わいながら読み進められる一冊になっている。モキュメンタリーの本作とは異なる臨場感があり、あわせて読むと「ドウメキ」に対する恐怖が強まるだろう。二作とも、恐怖で身を滅ぼされる覚悟をもって、「閲覧」してほしい。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年11月号より)

『職分』

今野敏/評・細谷正充

今野敏の警察小説シリーズ最新刊。警視庁捜査第三課の萩尾秀一と、相棒の武田秋穂が事件を追う

 警察小説は数々あるが、窃盗事件を担当する刑事を主人公にした作品は珍しい。それが今野敏の「萩尾警部補」シリーズだ。最新刊となる本書には、短篇七作が収録されている。
 警視庁捜査第三課の盗犯捜査第五係に所属する萩尾秀一は、窃盗捜査のベテラン刑事だ。まだ若い相棒の武田秋穂も、そろそろ仕事に慣れてきた。萩尾は、積み重ねた経験に基づく推理と、独自の人脈により、さまざまな事件の謎に迫っていく。
 冒頭の「常習犯」は、世田谷区で起きた空き巣の事件現場を調べた萩尾が、犯人は常習窃盗犯の『牛丼の松』こと、松崎啓三だと見抜く。その数日後、空き巣の現場の比較的近くで、強盗殺人事件が起き、松崎が逮捕された。松崎の手口を熟知している萩尾は、彼が犯人ではないと確信し、秋穂と共に独自に捜査を始める。松崎と馴れ合わないが、どこか通じ合う萩尾の言動が読みどころだ。
 続く「消えたホトケ」の謎は、密室状況の部屋から消えた死体の謎を、元窃盗常習犯の話を手掛かりに、萩尾が解き明かす。警察小説で本格ミステリーを軽々とやってのける、作者の手腕に脱帽だ。
 その他の作品も面白いが、特に注目したいのが第六話の「粘土板」である。有名な伝説を持つ「ソロモンの指輪」盗難事件を描いた長篇『黙示』に出てきたIT長者の舘脇友久、美術館のキュレーターにして贋作師の音川利一、私立探偵の石神達彦たちが再登場。舘脇が二億円で購入した「ギルガメッシュ叙事詩」の粘土板の真贋を調べることになる。ちなみに石神は、異色の題材を扱った『神々の遺品』『海に消えた神々』で主役を務めている。個人的に好きな作品なので、脇役とはいえ姿を見せてくれたのが嬉しい。
 そしてラストの「手口」では、奇妙な犯行予告と、バラバラの手口による連続窃盗事件で、犯人像も時代によって変化していくことを巧みに表現。一方で、秋穂の勘が冴えわたる。いぶし銀の萩尾と、成長していく秋穂の魅力が堪能できた。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年11月号より)

『菊の慟哭』

吉川英梨/評・内田 剛

全編クライマックスの衝撃は規格外。隻腕のヤクザと女刑事の禁断の関係に打ち震える!

 本書は八月に文庫化された『桜の血族』の続編である。「十三階」シリーズの黒江律子など、極めて個性の強いキャラクターを生み出してきた著者の才が、本作でも存分に発揮されている。苛烈な運命に翻弄されるマル暴刑事・桜庭誓が実に魅力的で、キャリアを代表する看板シリーズとなる予感がする。
 前作『桜の血族』では、眼前で銃撃された夫の復讐のために立ち上がった誓の勇姿が描かれた。闇に覆われた事件の真相。隻腕のヤクザ・向島春刀との禁断の関係。緊迫の展開に歪んだ任侠道が絡みつく。弱者から搾取するこの国の病理。複雑な運命の糸に飛び散る血しぶき。情け容赦は一切なし。絶叫必至の物語だ。
 そして待望の続編『菊の慟哭』の登場となる。ますます激化する暴力団分裂抗争の中心にいる殺し屋。それは桜庭誓と極めて近い関係の向島春刀であった。誓の出世の秘密に刻まれた母・菊美の記憶。「誓」という名前に込められた想い。そこには慟哭のエピソードが隠されていた。
 そして残忍な隻腕の鬼が誕生する。なぜおぞましいほどの狂気が芽生えたのか。ヤクザと刑事、男と女。血なまぐさい阿鼻叫喚の修羅場の連続に言葉を失う。仁義なき闘いは、まだまだ終わらないのだ。
 最大の読みどころは「女」と「血」だ。これは吉川英梨のお家芸といってもいいだろう。徹底した男社会のストーリーの中で、随所に女の武器を用意する。そして「血」は事件で流されるだけではなく、受け継がれる血脈の意味もある。親から子へと伝わる絆があれば、任侠の世界のように親分から子分へと盃を交わした契りもあるのだ。ここに桜庭誓と向島春刀がいかに重なっていくのか。ぜひ本書で堪能してもらいたい。
 稀代のストーリーテラーである吉川英梨は裏切らない。抜群のリーダビリティには定評があるが、昨今の作品を眺めても、筆力の漲りには目を見張るものがある。人気と実力は不動だが、現状に甘んじることなく進化し続ける作家なのだ。今後の活躍はもちろん、『菊の慟哭』のその後も期待して待とう。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年11月号より)

『マリッジ・アンド・ゴースト・ストーリー』

大前粟生/評・瀧井朝世

結婚して即離婚。そんな二人の前に現れた、幽霊となってしまった友人の頼み事とは

 現代人の心のありようを、さまざまなシチュエーションから浮彫りにしてきた大前粟生。新作『マリッジ・アンド・ゴースト・ストーリー』では、タイトルから想像できる通り、結婚×幽霊という異色の組み合わせで、現代人の心の揺れを丁寧に描き出す。
 二十七歳の春崎悠太は、大学時代から交際するさやかと同棲して三年。彼にとっては腐れ縁の感覚で、彼女に結婚をほのめかされても気持ちは乗らない。友人たちは次々結婚しているが、春崎にとっては「家族」になるということは重たい鎧を身に着けるように思えてしまう。しかも、金持ちで高圧的なさやかの両親は、明らかに春崎を気に入らない様子。そんな折に飛び込んできたのが友人、ヒロの訃報だ。大学時代、春崎とさやかとヒロはよく行動をともにしていたが、最近はすっかり疎遠になっていたのだった。
 後日、婚姻届を提出した帰り、口論となった春崎とさやかは勢いで区役所に引き返し離婚届を提出。家に戻ってみると、そこにはなんと、ヒロの幽霊が。告別式では事故死と聞かされていたが、彼は自分が死んだ状況を憶えておらず、二人に調べてほしいという。この不測の事態に接し、春崎とさやかは離婚したというのに同居生活を続けていく。新たに幽霊を加えて。
 春崎がヒロに零す言葉が印象的だ。「俺の心の中に世間があって、俺のことをずっと見張っているみたいなんだ」「ずっとそうだった気がする」。いい歳になったら結婚するもの、結婚したら夫は妻を守ってやるもの――そんな思いが彼の中にはある。彼のように、夫婦の理想像も家族のロールモデルも曖昧なまま、「結婚して家族を作るのが当たり前」「夫婦はこうするのが当たり前」という、見えない世間の圧を感じてしまう人は少なくないだろう。春崎の場合は、ヒロのために行動を起こすうちに心の中に変化が生まれていく。そして、彼らが選ぶ道とは――?
 家族像のグラデーションを全肯定する、切実だけど愛らしい、ファンタスティックなストーリーである。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年11月号より)

ひろい夢にむ』

谷ユカリ/評・大矢博子

妻と夫と夫の浮気相手が共同生活? 悲しみと衝撃を経て、彼女が見つけた「生きる道」とは──

 まもなく四十歳になる絵里は夫と二人暮らし。両親の介護などで距離ができていた夫との関係を修復したいと思っていたが、その話し合いの場で夫から、他に好きな人がいるからと離婚を切り出される。
 数日後、浮気相手も交えて話し合いたいと言われるが、絵里はケガをして病院に運ばれてしまい、会合は有耶無耶に。おまけに入院中に漏水で部屋がめちゃめちゃになり、戻る場所さえ失ってしまった。
 そんな絵里に夫が手配した仮の住まいは二つの家屋がつながったいわゆる二戸イチ住宅の片方だった。隣家とはサンルームを共有する造りだ。そして隣に暮らすのは、あろうことか夫の浮気相手だと聞いて──。
 妻と夫と夫の浮気相手が共同生活をするという、何とも驚きの設定である。この設定だけみれば、さぞやドロドロした展開になりそうではないか。しかしそうはならないのである。それがポイント。夫とその相手にはある秘密があった。その秘密を知ってしまうと責めるに責められないのである。
 そんな状況で始まった共同生活の中で、絵里は新たな道を模索し始める。その過程において、夫の浮気相手やその友人が絵里の良き相談相手になるのだ。
 うまく行き過ぎではと思われるかもしれない。だがなぜうまく行っているのかという点が肝要なのだ。最も核になる部分は明かせないので持って回った言い方になるが、彼女たちがうまく行ったのは今の社会が孕むある問題に当事者として正面から向き合い、その上でより幸せな道を探そうとしているからなのだ。
 ひとつだけヒントを。職場のパワハラが原因で自殺した人の話を聞いた絵里がこう考える場面がある。
「弱い立場の人が弱い立場のままでいるのは、そうではない立場の人間がその状況を黙認しているからだ」
 夫の秘密とは何なのか、それを知った絵里がどう動くか。彼らの迷いと決断を、どうかじっくり味わっていただきたい。「自分だったら」と考えながら読んでほしい、優しい物語である。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年11月号より)

『LO 警察庁ローンオフェンダー対策室』

柏木伸介/評・末國善己

実際に対策が進むローンオフェンダーと戦う警察庁の部署を舞台にした最先端のミステリ

 特定の組織に属さず単独でテロを実行するローンオフェンダー(LO)は、日本でも安倍元首相銃撃事件で広く知られるようになった。LOの脅威は世界共通で、トランプ大統領を支持する活動家を銃撃したのもLOの可能性が高いようだ。把握が難しいLOに対処するため、今年に入って警視庁が専従対策課を置き、警察庁は来年度からテロに繋がる情報をAIで見つける実証実験を開始する。警察庁のLO対策室の活躍を描く本書は、最新の動向を取り込んだ作品である。
 警察庁の天童怜央は神奈川県警に出向していた時、独自捜査で何人もの凶悪犯罪予備軍を唆しテロを実行させた葛城亜樹子を逮捕し、警察庁へ復帰後にLO対策室の設置を提案して認められた。拠点を神奈川県相模原市にある特別合同庁舎へ移したLO対策室は、隣接する東京拘置所相模原女性支所に入れられた葛城からの情報提供をもとにテロを未然に防ぐために動く。
 天童が率いるLO対策室には、凄腕のクラッカーだったが犯罪発覚後にホワイトハッカーに転じた嘱託の石塚祐一、ネットに流れる情報に精通しネットを使った世論形成の闇バイトをしていた巡査の筒井史帆ら癖のあるメンバーがいる。天童がコンピュータゲームの要素を仕事に取り入れるゲーミフィケーションを使って仲の悪い石塚と筒井のやる気を引き出すところは、若手を活用するマネジメント論としても興味深い。
 LOが標的にするのは、政治家、企業トップ、宗教指導者といった要人だけではない。無差別大量殺傷(いわゆる通り魔)事件も、LOのテロとされる。
 この前提に立つ本書も各章ごとに、社会で孤立したり、抑圧されたりしているLOたちが進める犯罪計画が描かれ、それを天童たちが阻止できるのかがサスペンスを盛り上げていく。LOたちがテロに走る動機が、ネットの炎上、引きこもり、ハラスメント、貧困、介護などの身近な問題だけに社会派推理小説としても秀逸で、本書を読むとLOを生まない社会を作るには何が必要なのかを考えてしまうのではないか。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年11月号より)

『9月1日の朝へ』

椰月美智子/評・藤田香織

子どもたちだけじゃない
この時代を生き抜くための勇気と覚悟と光

 多様性の時代である。
 ということになっている。私たちはみんなちがってみんないいし、世界にひとつだけの花だ。でも、本当に心の底からそう言い切れるかといえば、正直、なかなか難しいと思わなくもないと歯切れの悪さが残る。
 本書『9月1日の朝へ』を読みながら、何度もその「多様性」と「ふつう」について考えた。物語に登場する高永たかえい家の四兄妹は、母親が三人いる。公立中学の教師で一年生の担任をしている長男の善羽よしわ。次男・智親ともちかは漠然と大学進学を考えている高校三年生。三男・武蔵むさしは県内トップクラスの進学校の一年生で、長女・みんはバスケ部所属の公立中学二年生。まずこの傍から見れば「ふつう」ではない家庭環境を、ことさら大げさに騒ぎ立てるのではなく、「母親」三人と子どもたちの関係性が、飄々と綴られているところがいい。
 描かれていくのは、むしろ一見、上手く日々を生きのびているように見える四兄妹の葛藤や屈託だ。
「多様性」という意味でいちばんわかりやすいのは、制服のスカートを選び学校へ行くようになった武蔵だろう。そうした姿を見て、善羽は「あいつ、もしかしてLGBTQ+のTかな」などと口に出す。自分に正直に生きてきて、担任からも「いつも明るく、クラスの人気者」だと見られていた民は、部活の後輩や仲間たちから疎まれ、SNSでプライベートの写真や動画と、悪意あるコメントが拡散されてしまう。
 智親、民、善羽、武蔵の順に視点が移ることで、それまで見ていた物事の意味が変わる。ハッと胸を突かれる描写や台詞は数えきれない。自分勝手な「ママ」や、存在感の薄い「お父さん」の意外な一面の見せ方も、ルッキズムに斬りこむかの子や辛辣だけど嫌らしさのない萌香ら友人たちも、「ふつう」であり「多様」でもあるのだと大きく息を吐いた。
 人と違うことは怖い。でも他人の決めた「ふつう」だって怖い。今という時代を生きる不安に寄り添い、老若男女すべての人の心をあたためる物語だ。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年10月号より)

『あなたが僕の父』

小野寺史宜/評・吉田伸子

父親の老いに向き合い、実家にUターンした主人公
関係を再構築していく過程にじんわり

 親だって老いる。そんな当たり前に、子どもはなかなか気づけない。気づきたくないという気持ちがどこかにある。ずっと自分を守って来てくれた人を、今度は自分が守らねば、という現実に気持ちが追いつかないのだ。
本書の主人公・那須野なすの富生とみおもそうで、妻を亡くし、千葉の館山で一人暮らしをしている七十八歳の父親・敏男としおに物忘れの症状が出始めていることを気にはしつつも、どこかでまだ大丈夫、と思っている。そうであって欲しいのだ。けれど、敏男のマイナンバーカード申請手続きのために実家に戻った折、敏男が包丁で指をざっくり切り、救急外来に駆け込んだことで、富生の頭の中に赤信号が点る。
 もしこれが父親が一人の時に起きたことなら、父親は救急車を呼ばなかっただろう、と富生は思う。自力で救急外来を調べることもできず、だらだらと血を流しつつ、隣人に助けを求めていたはずで、それは富生にとって「想像するだけできつい」ことだった。
 このことをきっかけとして、富生は実家に戻ることに。会社はリモート勤務OKなのでそこはクリアなのだけど、富生には八年付き合っている五歳年下の恋人、梓美あずみがいて、そっちは有耶無耶なまま。富生、どうして梓美に相談しないんだよ! だめだろ、それは。
 敏男と二人暮らしが始まり、元々が良好なものではなかった父子の関係が少しずつ変わっていく様がいい。富生の内にあった、敏男への屈託が少しずつほぐれていくのだ。それは、富生が、敏男の老いや兆しが出始めている認知症の発症を受け入れる、ということで、そこは、やっぱり切ない。でも、そこもいい。
 物語の終盤、富生が梓美との関係に出した答えは、本書を読んで欲しい(梓美がいいんだ、これがまた。富生の恋人が梓美で良かった)。
 富生と敏男、いつかは迎えるその日まで、二人が笑顔で過ごせる時間が長くありますように。祈る気持ちで、本を閉じた。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年10月号より)

『リクと暮らせば レンタル番犬物語』

大崎梢/評・大矢博子

大事なものを守ってくれる犬との日々。でもレンタル番犬が与えてくれるのは、安全だけじゃないぞ!

 訓練された優秀な番犬を自宅に迎えることができるレンタル番犬サービス──という設定にまずわくわくした。毎日の散歩や医療ケアは番犬を派遣するペットサービス会社にすべてお任せできて、月額十万円。高額ではあるが、一人暮らしの高齢者や女性だけの世帯などにとって、実に心強いサービスではないか。
 現実のペットレンタルは愛玩犬ばかりで、番犬サービスは著者の創作によるものだと知ったときにはがっかりしたものである。半ば真面目に考えたのに!
 本書はそれぞれの事情で番犬をレンタルした五つの家庭の物語である。不審者の情報に怯える一人暮らしの高齢女性。入院が決まった伯父の留守番として番犬付きの家に住むことになった青年。ドーベルマンと暮らす女性ばかりのシェアハウスに入居することになった母娘。夫を亡くして一人になったが、ある事情で近所付き合いを拒否している女性。隣の家にやってきた番犬に夢中の、犬好きの高校生。
 各話に登場する番犬たちは侵入者を阻んだり犯罪者を追いかけたりと大活躍だ。大捕物帳あり細やかな愛の物語ありとバラエティに富んでいてとても楽しい。最初は犬に馴染めなかった飼い主たちも、犬が寄り添ってくれる姿に少しずつ心を溶かしていく。
 ──と書くと、犬と人の絆を描いた物語だと思われるかもしれない。だが本書の主眼は実は他のところにある。これは犬を媒介に、各話の主人公たちが失っていた「地縁」を取り戻す話なのである。
 犬がいることで家族とのかかわりが増えた者。散歩の時に犬に挨拶してくるご近所さん。夜中に犬が吠えれば、あるいは犬が不審な行動をとれば、気づいた人が気にかけてくれる。声をかけてくれる。以前はなかった交流がそこに生まれる。
 本書は人と犬の話ではなく、人と人の話なのだ。番犬たちはあくまでもレンタルだが、その犬を通して、一時の借り物ではない地縁を主人公たちは手にする。これこそが本書の最大の魅力なのである。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年10月号より)

『部屋には葦が生えている』

新馬場新/評・杉江松恋

一人で両親と離れて過ごした夏、少年だった〈ぼく〉が解いてしまった、一つの謎とは

 忘れ物を取りに行く小説である。
 空から恐怖の大王が降りてきて世界が終わりを迎えるという、ノストラダムスの予言を信じる者がまだいた年に時計の針は合わされている。一九九八年だから予言の期限まであと一年だ。二十世紀のおしまいだったが、もうポケモンはゲームボーイで遊べた。街で外国人を見かけることは、まだ珍しかった。
 そういう年の夏休み、母親が病気になったため親戚の家に預けられた〈ぼく〉は、神奈川県の海沿いにある町で夏と名乗る少年と出会う。夏は初め頑なで、〈ぼく〉を拒むためか、一つの問いを投げかけてきた。それに答えを出したことで結びつきが生まれるのである。誰もいない森の奥で二人は秘密を共有する。
 夏との時間を過ごす〈ぼく〉は、やがてある謎に行き当たる。ミステリーでは定番のものだが、その種類はここでは伏せておく。それに取り組んで答えを出す、というのが中盤の展開だ。力の入った謎なので、余裕のある読者は主人公と共に取り組んでもらいたい。
 枠物語の小説で、すでに成人した〈私〉が〈ぼく〉の解いた謎を振り返っていくという形式をとっている。背がまだ低い少年の目には入ってこないものがある。大人の背丈でもう一度見直すことでかつての自分が出した答えを補完する、というのが謎解きの全体像なのだ。〈私〉が、知らないうちに闇バイトに加担していたために逃亡の真っ最中である、という設定があり、そのために時間の制約が生まれている。忘れ物はいつでも取りに行けるわけではないのだ。
 一九九九年第七の月に終わるはずだった世界を生き延びたはずなのに、いつの間にか犯罪の片棒を担いで一巻の終わりという惨めな未来に辿り着いてしまった。どうしてそうなってしまったのか、という疑問が物語の根底にはある。同じような閉塞感を抱いている読者の胸にもこの問いは刺さるだろう。〈私〉が答えを探すのは、その人生に意味を見出すためでもある。未来を拓くための言葉を、彼は発見できるのだろうか。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年10月号より)

『スワイプ厳禁 変死した大学生のスマホ』

知念実希人/評・あわいゆき

スマホがなければ生きていけない社会だからこそ怖い。著者初のモキュメンタリー・ホラー!

 スワイプ厳禁。タイトルにはそうある。しかし私は言いたい。スマホのスワイプを「厳禁」にしたまま、生きていくことはできるのだろうかと。
 本書を特徴づけるのは、従来の小説とは異なる特殊なレイアウト(一六五ミリ×八五ミリ)だ。ページを見開いた左側は、侵入したら呪い殺されるというゴーストタウン『ドウメキの街』という都市伝説を語り手の主人公が調べていくミステリ小説になっている。対する右側には、語り手のスマホ画面がリアルタイムで写されていく。スマホの画面を再現することでリアリティを醸し出すWeb漫画は増えているが、ミステリ小説では前代未聞だろう。
 さらに、画面の活かしかたにも目を瞠る。前例となる漫画はほとんどが「LINEのトーク画面」や「アルバムのカメラロール」を再現したものだった。本作ではそれらに留まらず、目的地に案内するナビゲーション、宿泊するホテルの部屋の開錠、ファミレスのモバイルオーダー……スマホの機能を最大限に活用しながら語り手が行動し、都市伝説を解明しようとする。
 だからこそ、読んでいて気づかざるを得ない。私たちは生活を営むなかで、スマホを通して世界を見ることに慣れすぎていると。確かにスマホの普及で生活は豊かになった。しかし語り手がとっている行動のほとんどにスマホが関わっている事実は、もはやそれが必要不可欠な世界にいる――スマホを持たなければ生活が困難な社会になってしまったことを示してもいる。
 そして、スマホによって世界を豊かに見ることができる社会は、裏を返せば、私たちが常に見られるようになったことも意味する。だから、調べていくうちに『ドウメキ』の視線を感じるようになる語り手の呪いは、私たちが日々抱きながらも逃れられない、スマホを通して他者から見られている感覚に通ずる。日々の生活に蓄積していると実感する、おぞましい呪いに化ける恐怖を前にすれば、あなたはスワイプをやめられるか? スマホが手放せない世の中で、どう生きるかを問いかける挑戦状にもなっている。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年10月号より)

『カエルみたいな女 怪談青柳屋敷・新館』

青柳碧人/評・門賀美央子

怪談の楽しみ方を熟知する愛好家だからこそ建てられたオカルト全部盛り混沌屋敷

 ミステリー作家の青柳碧人氏が建てる怪談屋敷もこれが三棟目。本館、別館に続く新館は、これまでにもまして混沌とした怪談陳列場だった。
 実はこの数年、怪談ブームが続いている、らしい。たしかに本だけでなく、映像やイベントなどあらゆるエンターテインメント分野で怪談やそれに類するコンテンツが激増している。
 私のような甲羅を経た怪談好きには大変喜ばしい現象であるはずだが、ブームが長引くにつれ私自身は徐々に隔靴かつか掻痒そうよう感が増しつつある。なんというか、コンテンツを送り出す側の〝怪談〟の解釈がいささか硬直してきているきらいがあるのだ。
 昔は――と言いたがるのは悪いマニアの典型だが、現在の怪談ブームの起点となった「新耳袋」シリーズや「『超』怖い話」シリーズは霊的云々にこだわらないセンス・オブ・ワンダーの見本市のようだった。心霊もUFOもUMAも人怖も不条理系も並列だったのだ。
 しかし、今はなんでもかんでも「怪異」に還元される。スピリチュアルな要素を含む話ばかりが重んじられているようだ。ゆえにどこかで聞いたような話、あるいは無駄に奇矯な嘘くさい話ばかりが繰り返される。実につまらない。
 だからこそ、本書のカオスっぷりは、大げさでなく一服の清涼剤になった。妖怪譚とも人怖とも読める表題作をはじめ、定番の金縛りネタもあれば、宇宙人ネタもある。それどころか一見単なる妙な話で終わる小ネタも含まれている。それがよい。小さくとも違和感の拭いきれない話にこそ玉があるものだ。
 まえがきで著者は本書を「コレクションの整理」と表現しているが、本当に好きな人間が集めた収集品は並んでいるだけで楽しい。そもそも何を怖い/不思議だと感じるかは大きく人に依る以上、決め打ちせず広く見せてもらう方がよいに決まっている。最近の〝ブーム〟に今ひとつ乗れない向きにこそ推薦したい一冊だ。私にとっては「これぞ怪談本」なのである。

(ブックレビュー:『WEB小説推理』2025年10月号より)

『新・餓狼伝 巻ノ六 変幻鬼骨編』

夢枕獏/評・細谷正充

人気格闘小説シリーズ、五年ぶりの新刊だ。闘いに憑かれた男たちは、最終トーナメントへと向かう。

 夢枕獏の格闘小説「餓狼伝」シリーズの、五年ぶりになる最新刊が出版された。病気による入院があり、しかたがないと分かってはいるが、やはり待ち遠しかった。その渇が、ようやく満たされたのである。こんなに嬉しいことはない。
 スクネ流を巡る争いも決着し、ストーリーはいよいよ最終トーナメント「闘天 TOUTEN」へと向かっていく。とはいえ、まだ助走期間。トーナメントに出場するだろう何人かの格闘家と、周囲の人々が活写されるのである。だが、これがメチャクチャに面白いのだ。
 作者はまず前作に登場し、圧倒的な強さを見せつけたマンモス平田こと平田万太の半生を綴っていく。沖縄で出会った両親の間に生まれた万太。幼い頃から身体が大きく、異様なまでに頑丈である。しかし運動神経はなかった。それでもプロレスが好きになった万太は、東洋プロレスに入門。努力を重ねてプロレスラーになったが、後から入門してきたカイザー武藤と巽真(グレート巽)の才能の煌めきに耐えきれず、東洋プロレスを辞めた。その後、アメリカに渡った万太は、プロレスの会場で、キュウシン・オキナという日本人と闘うことになる。
 このキュウシン・オキナは、前巻のラストに登場し、主人公の丹波文七と闘う予定の梅川丈次に絡んできた翁九心だろう。梅川は翁との野試合により意識不明の重体となり、丹波との試合はなくなる。それにより丹波は己の闘う意味に迷い、トーナメントの参加も保留にしているのだ。もはや哲学の領域といっていい、丹波の闘いに関する思考が、本書の読みどころのひとつになっている。
 その他、竹宮流の藤巻十三と辻流の金村良平の刑務所での邂逅。シリーズでお馴染みの、松尾象山、グレート巽、久我重明の三人による語らい。トーナメント主催者の道田薫の過去と、内容は盛りだくさん。数度の格闘の描写も熱く、ストーリーがどんどん盛り上がっているのである。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年9月号より)

『中にいる、おまえの中にいる。』

歌野晶午/評・大矢博子

『間宵の母』から六年、ついに続編が到来。己代子を中に入れたまま、蒼空はどこへ向かうのか?

 二〇一九年に刊行された『間宵の母』。間宵己代子が死後に孫娘の中に入り込んでその思考と体を乗っ取り、周囲を地獄へと染めていくホラーである──と書いた時点で前作のネタバレなのだが、ここまでを説明しないと続編『中にいる、おまえの中にいる。』を紹介できないのでお許し頂きたい。大丈夫、それがわかっていても『間宵の母』は充分楽しめる。とまれ、まずはぜひ前作からお読み頂きたい。
前作のラストで己代子は十八歳の青年・栢原蒼空かしはらあおの中へと移った(これもネタバレだが)。蒼空は己代子と共生しながら、そのうち孫娘のように自我が消えてしまうのを恐れていた。だが共生は続く。どうやら己代子は蒼空を上手く乗っ取れないようなのだ。
 そこで寄生先を他の人物にできないかと考え、蒼空に真砂という町へ行くように指示した。そこにおあつらえ向きの寄生先があるという。しかし蒼空は真砂で虐待されている少女に会い、ある行動に出た──。
 前作はとにかく不気味でそりゃもう怖かった。それに対して今回はむしろ特殊設定ミステリの趣が強い。もちろん己代子が急に、かつ一時的に蒼空を乗っ取る場面などゾクリとさせる箇所もあるが、己代子と蒼空が協力して物事に当たる様子はなんだかチームのようで、わくわくさせられるのである。
 己代子が蒼空を乗っ取るための条件は何なのか、寄生先を他の人物に変えるにはどうすればいいのか。それらを探っていく様子はミステリだし、その過程で巻き込まれるトラブルへの対処も「そう来たか」の連続で飽きさせない。
 だが何といっても最大のサプライズはラストだ。被虐待児を助けるための蒼空の決意と計画に感動したあとの、まさかの、本当に「えっ?」と声が出るくらいまさかの結末には心底やられた。そうだ、歌野晶午だもの、一筋縄で行くわけなかったよ!
 怖さと不気味さに満ちた前作が思わぬ方向に進化した続編である。前作と併せてどうぞ。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年9月号より)

『赤ずきん、イソップ童話で死体と出会う。』

青柳碧人/評・日下三蔵

名探偵・赤ずきんがイソップ童話の世界で殺人事件の謎を解く! 人気シリーズ第四弾!

 赤ずきんが探偵役となって、誰もが知る童話の世界を舞台にした事件の謎を解決する、という青柳碧人の連作ミステリ、第四弾が早くも刊行された。
 第一作『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』と第二作『赤ずきん、ピノキオ拾って死体と出会う。』は既に双葉文庫に入っており、第三作『赤ずきん、アラビアンナイトで死体と出会う。』と本書はソフトカバーの単行本である。
 前作、アラビアンナイトの世界で活躍した赤ずきんは、指輪の魔人を呼び出して家に帰ろうとするが、途中で魔人が腹を壊して、空から墜落してしまう。
 何とか木の枝に引っかかって助かったものの、通りがかったリスに指輪を奪われてしまった。リスを探す赤ずきんは、ブドウを取ろうとジャンプを繰り返す狐のライラスに出会う。
 ちょうど村ではウサギのチュバスとカメのタトロスのレースが行われていたが、その最中にネコのカシュボスが何者かに殺害されているのが発見された。犯行が可能だったものは、果たして誰か?(「うさぎとかめは移動する」)
 地下の町アントスにやって来た赤ずきんは、アリの巣のような家で暮らす五人姉妹の三女ガンナが殺される事件に遭遇。バイオリン弾きのジャコモが犯人として逮捕されるが……。(「信用できないアリの穴」)
 赤ずきんの助けで池の女神から金の斧と銀の斧を手に入れたきこりのデンドロは、それを元手に鍾乳洞の地下スタジアムでギャンブルに興じるが、殺人事件の容疑者にされてしまう。(「オオカミ少年ゲーム」)
 ようやく港町にたどり着いた赤ずきんだが、不実を働いたものを凍らせるイソップによって、町全体が凍り付いていた! この町で何が起こったのか?(「北風と太陽」)
 イソップ寓話の教訓を盛り込んだ四つの事件は、トリックのアイデア満載で読み応え抜群。ユーモラスな筆致で描く本格ミステリの傑作である。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年9月号より)

『戦ぎらいの無敗大名』

森山光太郎/評・末國善己

猛将でも知将でもないが戦場に出ると負け知らず。戦嫌いの名将が大切なことを教えてくれる。

マイナーな名将を発掘する戦国ものの歴史小説は少なくないが、蒲池鎮漣かまちしげなみを主人公にした本書は、まだこれほどの人物が埋もれていたのかと思わせてくれる。
 筑後柳川を拠点に大友家に仕える蒲池宗雪の嫡男・鎮漣だが、気が弱く戦に怯えることから姫若と揶揄されていた。姫若子と呼ばれていた長宗我部元親は成長して名将になるが、鎮漣は姫若のままなのが面白い。
 大友と敵対していた龍造寺家が主君の騙し討ちに遭った時、宗雪は龍造寺隆信を柳川に受け入れた。隆信ゆずりの才知を持つ娘の玉鶴姫は、何かあれば夫を刺す命を受けて鎮漣と結婚。敵の娘を妻にしたことでも家中の評判を落とした鎮漣と、密命を受けた玉鶴姫の愛の行方も物語を牽引する重要な鍵になっていく。
「柳川の民を守る」を第一に考える鎮漣は、大友の庇護を受けるために転戦し、多くの柳川の民を死に追いやった父に批判的だった。鎮漣は、九州で疫病が発生すると野放図に広がってきた水路を整理し、大量の肥料が必要な木綿栽培のため細流(下水)を造る。だが西国の大大名・大内義隆が家臣の陶隆房に、陶が毛利元就に討たれ、元就が九州を狙い始めたことで九州の勢力図は激変し、鎮漣も戦場へ向かうことになる。
 勇猛さも、将器も持ち合わせていない鎮漣は、臆病ゆえに状況を見極めて必要な物資を集め、慎重に敵の動きを予想し、兵と民を損なわないよう無理攻めをしなかった。この消極的な姿勢が、次々と思わぬ効果を上げていくところは、戦国ものの歴史小説の常識を覆しており、歴史小説好きほど驚きが大きいだろう。
 武功を立てても戦嫌いが変わらなかった鎮漣は、戦は力ある者が野心を満たすために起こすので、戦を望む者に民は救えないと考え、不利な状況になる可能性を考えつつも父祖以来の方針の転換を模索し始める。
 不器用ながら思わぬ才を発揮したが、知も勇も誇らず、ただ民のために尽くそうとした鎮漣は、現代に必要なリーダーであり、鎮漣が残した義を受け継ぐ人が増えれば現状を変えることもできると教えてくれる。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年9月号より)

『烈風を斬れ』

砂原浩太朗/評・末國善己

出会いと別れ、戦い、恋、陰謀などを経験して成長する姿を描く戦国ロマン。

 架空の藩・神山藩を舞台にした武家もので注目を集める砂原浩太朗の新作は、久々の戦国ものである。
 豊臣秀吉の養子になった秀次は、秀吉に実子の秀頼が生まれた後に切腹し妻妾子女は斬首されたが、旅芸人が密かに秀次の子を出産していた。その子は木村重成に預けられ、秀次の前名・三好孫七郎を名乗る。
 十八になった孫七郎は、全国に散らばる牢人たちを大坂方の味方にする密使になり、従者の源蔵と諸国をまわる。若者が旅を通して成長する展開は、吉川英治『宮本武蔵』を思わせる。ただ吉川の武蔵が、一心不乱に剣を極めるのに対し、孫七郎は父を切腹させた豊臣家に複雑な感情を抱き、目標も判然としていない。徳川の世が続くのか、豊臣家が逆転するのか分からない混迷の時代を迷い苦しみながら歩んでいく孫七郎の姿は、現代社会が同じように先行きが見通せないだけに、ストイックな武蔵より共感できるのではないか。
 孫七郎は、後に大坂の陣で活躍する名将たちを訪ねる。史実を踏まえながら有名な武将の意外な一面を浮かび上がらせ、秀次が死に追いやられた理由、真田信繁が幸村の通称で呼ばれるようになった理由といった諸説ある歴史の謎に、独自の解釈を与えた著者の手腕は、歴史小説に詳しい読者ほど驚きが大きいはずだ。
 孫七郎の旅の中には、幸村が豊臣に味方するのを断ったのはなぜか、孫七郎を執拗に追い何かを奪おうとしている梟は何者で、その目的はといったミステリ的な謎も置かれている。これに孫七郎の恋の行方もからむだけに、ページをめくる手が止まらないだろう。
 孫七郎は、関ヶ原で敗けた長宗我部盛親、毛利勝永、弾圧されている切支丹の明石掃部、関ヶ原で勝ったが牢人した後藤又兵衛らを訪ねる。その過程で何度も敵と戦い、時流に乗れなかったが絶望していない牢人たちから学び、自分の出自にも向き合った孫七郎がたどり着いた境地は、親ガチャにハズレても、生まれた時代が悪くても人生を投げ出す理由にはならず、諦めなければ結果がついてくると気付かせてくれるのである。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年8月号より)

『しふく弁当ききみみ堂』

冬森灯/評・大矢博子

あなたのことを思って作られた世界に一つだけのお弁当が、がんばる勇気を与えてくれる!

 日々の生活の疲れや、ずっと抱いてきた悩み。それらが温かな食事でほっとほぐれていく……というテーマの小説は今や一大ムーブメントとなっている。そこに割って入るのはなかなか難しいと思うのだが『しふく弁当ききみみ堂』を読んだとき、なるほどこの手があったか、と膝を打った。本書に登場するのは「温かな食事」ではない。冷めた状態で食べるのを前提とするお弁当である。
 客は、ききみみ堂に誰かに贈るためのお弁当を注文する。ききみみ堂店主の鳴神冴良は注文主から話を聞いてどんなお弁当がいいかを考え、出来上がったものは相手と注文主の両方に届けられるという仕組みだ。
 双子の育児に疲弊しながら育休明けの不安を抱える主婦に、同僚が贈ったお弁当。高校までの弱い自分から脱却したかったのに大学デビューに失敗し、孤独を深める大学生。大好きな人と一緒に過ごす日のための特別なお弁当を頼む保育士。彼氏との同居生活の中で価値観の違いを感じる女性。亀裂の入った親子の仲を修復するお弁当を頼む父親。
 ひとつひとつの物語がゆるやかにつながり、あれがここで効いてくるのかという楽しい驚きも混ぜつつ、物語はお弁当が人々の心をほぐす様子を描き出す。  肝心なのは、それを贈ってくれた人がいる、ということだ。冴良の腕やアイデア、美味しそうな料理の描写もさることながら、贈ろうと思う人がいなければ話は始まらない。一緒に温かい食事をとれるわけではないけれど、あなたのことを思っているよ、心配しているよという気持ちがお弁当になって届くのである。その連鎖こそが物語の核だ。
 お弁当の蓋を開ける行為は、思いのこもったプレゼントを開けるのに似ている。お弁当を届けたい誰かがいる、届けてくれる誰かがいる、それこそが最高の幸せなのかもしれない。
 なお、「しふく弁当」は「至福」の意味ではない。では何か。それは本書でどうぞ。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年8月号より)

『Dr.グレーゾーン』

藤山素心/評・木俣冬

教師、議員、作家……弱音を吐けない「先生」たちを救うのは、白でも黒でもないグレーな処方箋!

「ブラック・ジャック」は無免許医師の漫画だが「グレーゾーン」とは。Dr.グレーゾーンこと本橋桂もとはしけいは完全紹介制の診療所を経営している。そこに訪れるのは、教師、議員、作家、内科医、法人理事長とそれなりに地位や名誉のある者たちだ。「本橋桂が好んで診るのは、どこにも行き場のない患者たちばかりだった」とあるが、相談者たちは一見すると行き場のない社会的弱者には見えない。だが、だからこそ誰にも弱さを見せられずしんどいのかもしれない。
 第1章「あいつさえいなくなれば」の相談者は中学の英語教師。彼女は母親の介護問題を抱えていた。実家で母と同居している妹は一切、母の面倒を見ないため、長女として心身共に負担がのしかかる。追い詰められたすえ本橋の診療を受けることになり、そこで現代医療の違法にならないスレスレ(グレーゾーン)の方法を伝授されて……。
 え、それってありなの……とちょっとドキリ。この世界、善人として生きることが良しとされるが、どうにもならない状況に陥ったとき善人で居続けることができるだろうか。倫理観に縛られて自分が崩壊してしまったら元も子もない。本橋は、自棄になって犯罪者になってしまう人があとを絶たないストレスマックス社会の救世主なのである。
「一般的な模範解答ばかりの保健センター職員や民生委員よりも、親身になって相談に乗ってくれるかもしれない。もっと適切な、もっと現実的な、患者だけではなく、その家族のことも考慮したアドバイスが聞けるかもしれない──」と本橋に希望を抱くようになる相談者。読者もまたいつしか本橋を頼りにしてしまうだろう。
 違法スレスレ、グレーな世界にもかかわらず、なんだかほっこりする。「新しい自分になりたいです」「認知症ってことにできませんか」「寿命を延ばしていただきたい」と無理ゲーな相談にあくまで飄々と対処する本橋が魅力的だ。もしもドラマ化されたら、演者はあのひとがいいなあ、なんて妄想が膨らんだ。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年8月号より)

『三河雑兵心得 十六 関ケ原仁義(中)』

井原忠政/評・細谷正充

天下分け目の戦いの前哨戦もすごかった。本多平八郎に振り回されながら茂兵衛が奮戦!

井原忠政の人気作「三河雑兵心得」シリーズは、ついに関ケ原の戦いの前哨戦に突入した。ちなみに関ケ原の戦いに至る流れを書くと、上杉景勝に上洛を促した徳川家康に対し、上杉家家老の直江兼続が拒絶の手紙(直江状)を送る。その文言に怒った家康は上杉討伐の軍を起こし、会津へと向かうが、その隙に石田三成たちが挙兵。下野国しもつけのくに小山でこれを知った家康は、諸将の意見を統一し進路を変え、関ケ原の戦いで三成たちを破るのだった。ただし一連の流れには、多数の人物の思惑や策謀があったようである。
 作者は上杉家と越後の堀家の諍いから筆を起こし、当時の状況を分かりやすく説明。上杉討伐に向かう、鉄砲百人組頭の植田茂兵衛の様子を、家族・部下・同輩など、さまざまな人物を絡めて描いていく。大きな事件や騒動もないが、この部分が抜群に面白い。直情的な茂兵衛も五十四歳になり、少しは上手い立ち回りを覚えたようだ。戦国の世を最前線で生き抜いてきた主人公の魅力が、言動の端々から伝わってくる。
 だが一方で、変われない人物もいる。本田平八郎だ。伏見城に籠った忠臣の鳥居元忠たちが死んだと知ると、家康は、茂兵衛たち鉄砲百人組を援軍として福島正則の陣に派遣。表向きの目的は西軍の殲滅だが、戦後を見据えて、先鋒隊の福島や池田輝政の武勲が、大きくならないようにブレーキをかけてくれというのだ。家康の思考はしたたかであり、信頼されている茂兵衛は苦労する。
 しかも、一緒に行動することになる本田平八郎が問題児だ。勘と根性で武勲を挙げてきた平八郎は、時代遅れになった自分を認められず、無茶な作戦を立てて、木曽川の渡河戦で茂兵衛たちを窮地に追い込むのである。
 そんな平八郎に呆れながらも、見捨てられない茂兵衛。一方で、初陣の娘婿を鼓舞したりもする。そしてラストには、昔と同じように一騎打ちで、強敵を倒す。まだ関ケ原の戦いの前哨戦だというのに、その激しい戦いを堪能したのである。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年8月号より)

『メメント・ヴィータ』

藤原新也/評・永江朗

『東京漂流』『メメント・モリ』から四十二年。パンデミックと戦争の時代に、生命を問う。

 希代の時代観察者による、すぐれた社会批評である。著者自身には時代観察であるとか批評であるという意識はないのかもしれない。だが写真家のまなざしは、時代の表層の向こうにあるものを正確に射る。
「メメント・ヴィータ」という言葉は著者の造語だ。「メメント・モリ(死を想え)」はペスト大流行の中世ヨーロッパで流布した言葉。藤原新也が『メメント・モリ』を上梓したのは日本経済がバブルに向かっていく一九八三年だった。当時、西武百貨店の美術洋書売場で働いていたぼくは、「なんと反時代的な!」と驚いた。それから三十七年後、新型コロナウイルスのパンデミックが襲来すると、藤原はポッドキャストを始めた。そこで放たれた言葉を再編集したのが本書である。感染症と戦争で誰もが死を意識する時代に、敢えて藤原は「ヴィータ(ラテン語で『生命』)」を想えという。やはり反時代的な人。
 約四百四十ページもの本書ではさまざまなことが語られている。故郷のことや旅のこと。グッときたのは瀬戸内寂聴や白土三平ら亡くなった人についての思い出。とりわけ『カムイ伝』で知られる漫画家、白土との出会いと交遊は強烈だ。房総の国道一二七号線をオートバイで走っていたら迫力のある鳥の声が聞こえてきた。何だろうと思って近づくと鳥小屋の中に二羽の七面鳥。しゃがんで観察していると背後に作務衣を着て不機嫌な顔をした白髪の老人が立っている。以降、四半世紀にわたる奇妙な交遊が続く。
 日常の一瞬から時代の典型的な部分を抽出して分析するわざが見事だ。たとえば宅配便の出張所で手間取っている青年に助言すると「この老害が!」とうなり声を上げられるエピソード。あるいは原宿の交差点を歩く老人の後ろで「こいつ早く死ねばいいのに」と大きな声で言う少女たち。なんて時代だ。
 この本には藤原新也が見た過去と現在が詰まっている。世の中は酷くなっているか? いや昔から酷かったのだ。それでもぼくらは生きていく。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『扇谷家の不思議な家じまい』

実石沙枝子/評・大矢博子

一族の女性にだけ遺伝する超能力! 濃密かつ軽やかな、四代にわたるファミリー・ヒストリー。

 扇谷家の中心だった時子が老齢で施設に入って以降空き家になっていた邸宅の家じまいのため、親族が集まった。ところがそこで時子の予言帳が見つかる。それによると時子は今年の十一月に死ぬらしい。
 相続しても持て余す大きな屋敷は、市に寄付すれば文化財として保存してくれるらしい。だが枯れた桜を伐採するのが条件だ──そんな大人たちの話し合いを聞いた大学生の立夏は、内心穏やかではない。だって桜の下には、曽祖母の時子がかつて殺した人物の死体が埋まっているのだから。
 いやいやいや、ちょっと待って。ここまででもだいぶおかしいぞ? 予言? 桜の木の下の死体?
 実はこの一族、女性だけが何らかの超能力を持って生まれるのである。時子は未来予知、千里眼の者もいる。そして立夏は桜の木に宿る霊と会話ができる。だから桜を切ると聞いて焦ったのだ。
 死体を巡るミステリ的興味ももちろんあるが、物語はここから戦前から現在に至るまでの時制を行き来して、扇谷家のファミリー・ヒストリーが語られるのである。いやあ、これが滅法面白い!
 超能力の秘密を守るため結婚相手は複数の近しい一族だけと決められている。その宿命に従う者がいる一方で抗う者もいる。飛び出る者もいる。超能力というから構えてしまうが、ここにあるのは「それぞれが悩みを抱えた、普通の家族の日々」だ。親子で言い争ったり、年下のいとこの面倒をみたり。それがすごく、いい。世代ごとに変わる価値観が、時代の流れを映し出す。笑ったのは千里眼で息子の妻の出産を覗く姑! 何だその超能力の使い方は。
 何かを持って、あるいは何かを背負わされて、私たちは生まれる。遺伝する超能力はそのメタファーだ。そのこと自体に幸不幸はなく、それとともにどう生きるかこそが大事なのだと伝わってくる。
 濃密な家族史なのに読み心地は実に軽やかだ。個々の物語をもっと知りたいので、スピンオフをぜひ!

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『天使の名を誰も知らない』

美輪和音/評・細谷正充

マンションに渦巻く謎と闇。恐怖せよ、戦慄せよ。これが美輪和音の暗黒ミステリーだ。

 人間のダークサイドを見つめる美輪和音の作品ということで、本を開く前から覚悟はしていた。それでも読んでいる最中に、何度も目を背けたくなった。この物語は、本当に容赦がない、まさに、暗黒のミステリーなのである。
 四階建てで部屋数七戸のマンション「プチシャトー市毛」の前にある坂道の側溝で、五~六歳くらいの女の子が発見された。意識不明の重体だ。雪の上に残された靴跡から、女の子はマンションから坂道に出たらしい。しかしマンションには、該当する人物がいなかった。女の子はいったい、何者なのだろう。
 本書は、マンションの住人の視点を、次々と切り替えながら進行する。ある一家が小学五年生の娘を虐待しているなど、住人たちの問題が、どんどん露わになっていく。また、フリーライターだという山田が、住人たちに取材を重ねる。やがてマンション・オーナーの娘一家が、大きな秘密を抱えていることが明らかになっていくのだった。
 物語の美点は、巧みなストーリー展開だろう。側溝で倒れていた女の子の正体で、読者の興味を強く惹きながら、登場する大人と子供たちのキャラクターと、置かれた状況を掘り下げていく。そして中盤で女の子の正体が判明すると、一気にサスペンスが盛り上がる。
 ページを捲る手が、もどかしく思えるほどの面白さだ。さらに、新たな殺人も起こり事態が錯綜。その果てに浮かび上がる、諸悪の根源ともいうべき人物の、邪悪な肖像に戦慄した。
 しかも同時に、山田の正体と目的も判明。山田が、いつもメロンパンを一リットル紙パックのコーヒー牛乳で流し込むというユーモラスなシーンにも、深い意味があって感心した。彼女の抱える事情が、この事件と重なり合うことで、テーマを際立たせる構成も見事だ。内容は重いが、ラストには希望があるので、臆さず読んでほしい。今年のミステリーの収穫といいたくなる、優れた作品なのだから。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『蒼天のほし』

いとうみく/評・吉田伸子

子どもを幸せにするには、親も幸せにならないと。「いま困っている親子」のために。

「保育園落ちた日本死ね!!!」
 この言葉がネットに投稿されたのは二〇一六年二月のこと。「死ね」という強い言葉を使わざるを得ないほどの投稿者の無念は、他人事とは思えなかった。私が息子を区立保育園の一歳児クラスに入れることができたのは、僥倖だったと今でも思っているし、通っていた保育園には感謝しかない。
 本書は職場体験先に保育園を選んだ、中二の風汰の五日間を描いた『天使のにもつ』に連なる連作短編集だ。中二だった風汰が二十二歳の保育士となって働いているのが、「すずめ夜間保育園」。保育園とはいっても認可外なので、いわゆるベビーホテルである。園長が「とにかくいま困っている親子がいるなら動かないと」と始めたのが「すずめ夜間保育園」で、その園長のポリシーがとにもかくにも素晴らしいのだ。
「子どもの幸せはね、子どもだけを見ててもだめなの。子どもを幸せにするには、親も幸せにならないと」
 親のために子どもが犠牲になるなんて、あってはならないことだけど、子どものために親が犠牲になることもないんですよ。子どもだから、子どもなのに、親だから、親なのに、なんて、そんな言葉は、呪いでしかない。あぁ、本当に、この園長というか、作者のいとうさんの言葉を心の底から讃えたいし、この言葉が必要な親子、沢山いると思う。
 本書に登場するのは、まさに「いま困っている親子」たちで、そんな彼らが「すずめ夜間保育園」に支えられ、子育ての日々の呼吸が深くなる様がいい。同時に、そこで働く保育士たちのドラマも描かれていて(保育士としてはまだまだ新米の風汰が、いい味だしています)、そちらもたっぷり読ませる。
 読み終わったとき思ったのは「すずめ夜間保育園」のような園が、実際にあって欲しいということだった。昼職、夜職問わず、親も子も安心して日々を助けてもらえるような、そんな園が増えていきますように。それが、親と子の笑顔に繋がるはず。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『つくみの記憶』

白石一文/評・門賀美央子

出会いは偶然か必然か。神でさえ抗えない「運命」を描く小さくて大きな叙事詩。

 なんとも掴み所がないが、この静謐な読み心地は確かに知っている……。読後、最初に思ったのはそれだった。  ざっくりつまむと、本作は丸の内にオフィスがあるような大企業で働く31歳の平凡な男・松谷遼平が、隠善つくみというファム・ファタルに出会うことで思わぬ人生の変転を迎える物語、ということになるだろう。
 だが、恋愛小説ではない。二人の関係性は恋と呼ぶにはあまりに異質だ。〝ソウルメイト〟のようなぽっと出の概念で説明できるものでもない。
 他の登場人物たちも特異だ。遼平がひどい仕打ちで捨てることになった幼馴染の元恋人やグレた弟とその友人、取引先の人物などが次々登場しては、普通なようで普通でない選択を繰り返す。それは時に愚かさすら感じさせるが、彼らもまた単なるこうじんではなく、それぞれが重荷を抱えている。よって、本作は群像劇と言っていいのかもしれない。
 けれどももっと大きな企図が底にあるのは確かだ。なぜなら、遼平は重大な局面に至ると必ず見えざる手に導かれ、次のステージに運ばれていくのだから。
 タイトルの「つくみ」はもちろん遼平の妻の名ではある。だが、同時に土地の名でもあり、そこがあらゆる事象の震源であることが明かされる。しかも、背景には史実上の自然災害……と呼ぶにはあまりにおとぎ話めいたカタストロフィが見え隠れするのだ。
 終章が近づくにつれ、生臭い男女の業を描いていたはずの物語がどんどん地上の営みを離れていく感覚が積み重なっていき、読了後はついに冒頭に記したような茫漠たる既視感に襲われたわけだが、やがてふと腑に落ちた。
 ああ、これは〝運命〟そのものを描く小説なのだ、と。まるでギリシャ悲劇やアーサー王の物語のように。
 現代日本を舞台とする非英雄の叙事詩。類を見ないこの読み心地は、〝小説〟を愛する向きにこそ試してみてほしい。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『この配信は終了しました』

青本雪平/評・あわいゆき

思わず背後を振りかえってしまうほどの恐怖を感じる「配信ミステリー」。

 配信された動画を視聴するとき、画面の向こう側には同じ現実を生きている人間がいる。しかし私たちはそれを現実ではなく、どこか遠くの「コンテンツ」として受け取ってはいないだろうか? あるいは別の言い方もできる。画面を隔てた距離があるからこそ、配信者は現実をコンテンツとして私たちに振る舞えているのだと。
 本作で描かれるのは、配信が終了したあとのコンテンツではない「現実」だ。動画配信が定着した令和のいま、収録作(全五編)に登場する配信者のレパートリーも多種多様だ。たとえば「暴露系」では暴露系配信者のせんが、知り合いの記者であるしようから競合相手の暴露ネタを提供され、ネタの裏取りを進める。「考察系」では経営者のわんによって考察系配信者が集められ、自殺した配信者・てらさわの死の真相を考察していく。「正義系」では痴漢逮捕の直後に線路に飛び込んだ正義系配信者「ミツルギサバキ」の自殺の動機を追う。異なる題材を存分に活かした物語──コンテンツは一気読み必至だ。
 しかし読み進めるうち、恐ろしくもなってくる。なぜならどの短編も、配信の「終了」前後で区切られていた現実とコンテンツの境界線が、徐々に溶けていくのだから。配信終了後の現実までもがコンテンツとなっていくさまに、本当に配信は終了したのだろうか、そもそも配信が終了することはあるのだろうかと背筋が凍る。
 現実をコンテンツとして配信する──それはときに、配信するつもりのなかった「現実」すらもコンテンツにしてしまう。本作が描くのはカメラを向ける配信者が跋扈することで、二十四時間三百六十五日コンテンツ化してしまった現実だ。そしてその現実を生きる私たちは、提供されたこの物語をはたして画面の向こうにある「遠く」のものとして受け取れるのだろうか? 次にカメラを向けられ、「コンテンツ」として消費されるのはあなたかもしれない──背後を振りかえらずにはいられない名作が揃っている。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『相続人TOMOKO』

大沢在昌/評・末國善己

大沢在昌が初めて女性を主人公にした作品が復刊。息つく暇がない連続サスペンス!

 大沢在昌は、〈天使〉シリーズの河野明日香、〈魔女〉シリーズの水原、『帰去来』の志麻由子、『冬芽の人』の牧しずりら魅力的な女性主人公を描いてきた。その原点が著者が初めて女性を主人公にした本書で、重要な作品ながら入手難だっただけに待望の復刊といえる。
 戸籍と国籍を失ったトモコは、相続した巨額の遺産とCIAで身に付けた特殊技術を武器に、夫を殺した組織と戦うため日本に渡る。同じ頃、暴力を振るうヒモのために風俗店で働いていたカオリは、指名されホテルへ向かう。そこで待っていたのは、カオリの本名が智子ということを掴んでいたトモコで、智子の身分証明書をマンションなどの契約時に使うため声を掛けたのだ。最低の生活から抜け出すため誘いに乗った智子は、トモコと敵との戦いに巻き込まれていく。
 トモコは、アメリカ軍の特殊部隊員、日本のキャリア警察官僚、暴力団までを動かす巨大な敵に何度も襲撃される。現在のように個人が情報を発信できるネットが発展していれば敵組織の情報をSNSにアップできるし、スマホやGPSで仲間との連絡や位置情報の確認も簡単に行える。こうしたテクノロジーに頼れないトモコは、知識と経験、コミュニケーション能力で窮地を脱し逆襲の機会をうかがうだけに、人間と人間のぶつかり合いが生む圧倒的なサスペンスに引き込まれてしまうだろう。
 近年は、最先端とは異なるデザインやアナログ感が残る家電などに興味を持つ平成レトロがブームになっている。バブル時代の風俗を活写している本書は、当時を知る読者には懐かしく、平成レトロが好きな若い世代には新鮮に見えるのではないか。
 アメリカに留学し性差別が激しい日本に帰国しない道を選んだトモコは、自分で人生を切り拓いてきた。それとは対照的に、やりたいことが見つからず流されるままに生きてきた智子が、トモコと共に戦ううち成長する展開は、智子のように将来の展望が見えないと考えている読者に勇気を与えてくれるはずだ。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『ドリフター 天空の悪魔』

梶永正史/評・日下三蔵

テロ組織の陰謀に命がけで立ち向かうタフガイ、三度目の任務は北海道での死闘!

 元自衛隊の特殊工作員だった豊川亮平は、インドネシアのバリ島の爆破テロで恋人の詰田芽衣を亡くした後、記憶喪失と偽って姿を消し、現地を放浪しながら次々とテロ組織を襲撃し、ついには壊滅に追い込んだ。
 その神出鬼没ぶりから「ドリフター(漂流者)」のコードネームで呼ばれることになった豊川は、テロ組織の背後に中国の秘密組織「浸透計画」がいたことを知る。芽衣は「浸透計画」の工作員であり、組織を抜けようとして消されたのだ。
「ティーチャー」と呼ばれる車椅子の天才ハッカー宮間功一郎と組んだ豊川は、芽衣の姉で「浸透計画」の工作員だった朱莉とも協力しながら、二度にわたって「浸透計画」の大がかりなテロを阻止してきた。
 最新刊の本書では、豊川はティーチャーの指示で北海道なかしべの貝澤牧場に牧童として潜伏している。この地に建設されたメガソーラー事業に「浸透計画」が関わっているようなのだ。
 やがて中標津に自衛隊のヘリが墜落。瀕死の副操縦士は、なぜか現場に急行した豊川のコードネームを知っており、彼に積み荷を託して息を引き取った。
 かくして、「天空の悪魔」と呼ばれる積み荷のアタッシェケースを巡って、自衛隊の秘密部隊、なぜか再び「浸透計画」側についた朱莉、豊川と、三つ巴の壮絶な争奪戦が始まった――。
 ふたりきりで牧場を経営する貝澤夫妻を始め、防衛省の浅野一佐、橋爪三尉、「浸透計画」の幹部アンディ・フォンと、今回も癖のある登場人物が揃い、虚々実々の駆け引きが繰り広げられるのである。
 肉弾戦と頭脳戦の両方に加え、本書では豊川と朱莉のロマンスもストーリーの軸になっており、北海道に北朝鮮のミサイルが落下するド派手なクライマックスまで、読者は一気に連れ去られてしまうだろう。
 主に警察小説で活躍している著者が、アクション・ハードボイルドに挑んだ新境地の書き下ろしシリーズ、緊迫の第三弾、どうぞお見逃しなく!

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

『寂滅の剣 日向景一郎シリーズ⑤』〈新装版〉

北方謙三/評・東えりか

「剣豪小説を書く」――三十五年前の作家の決意と情熱が結実したシリーズ最終巻。

 作家・北方謙三は数年後に何を書くか、いつも考えているのではないかと思う。
 一九八五年、秘書として雇われたときに頼まれたのは「時代小説の資料調べ」だった。北方謙三は三十代、ハードボイルド小説の旗手として人気はうなぎのぼりの時期だ。「九州の南北朝を書く」という決意から四年後『武王の門』が上梓された。
 当時、現代小説と並行して南北朝ものの連載も続け「月刊北方」と言われるほど書きまくっていたある日、「剣豪小説を書くための資料を集めろ」と厳命された。一九九〇年ごろのことだと記憶している。
 ネットなど無い時代、資料は本に当たるしかない。図書館に通い、有用な本は古書店で求めた。剣術流派の本をどれほど買っただろう。北方謙三はそれらを熟読していたはずだ。
 さらに当時は剣豪小説の大家がたくさんおられ、北方謙三はその方々に知恵をお借りした。津本陽氏に示現流の教えを請うたとき、構えから指の向きまで教わったと嬉しそうに話してくれたのを良く覚えている。
 馬庭念流のビデオを手に入れ、極意の「抜け」の体さばきを観たことも「一人の剣豪」を創作する重要な要素になったのではないか。
 初の剣豪小説『風樹の剣』は一九九三年、小説新潮二月号から開始された。挿画は百鬼丸氏。見開きページ八割が日向将監の不気味な姿だ。毎回、連載は挿絵家との勝負だった。
 二〇一〇年に五巻目の『寂滅の剣』で完結するまで十七年の時が流れた。日向景一郎は四十歳になり、弟の森之助は二十歳。その間、他者との死闘に次ぐ死闘が繰り広げられ、ふたりの剣鬼が育った。そして最終巻の最後、運命づけられていた二人の対決で幕を閉じる。徹頭徹尾、日向景一郎の小説であったと思う。
 今回、初めて五巻をまとめて読んだ。「剣豪小説を書く」という目的は見事に果たされたと心の底から感心し、凄い小説家のそばにいたのだ、とその幸せを改めて噛みしめた。

(ブックレビュー:『小説推理』2025年7月号より)

(ブックレビュー:小説推理2025年6月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年6月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年5月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年5月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年5月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年5月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年5月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年4月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年4月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年4月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年3月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年3月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年3月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年3月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年2月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年2月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年2月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年1月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年1月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年1月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年1月号掲載)

(ブックレビュー:小説推理2025年1月号掲載)


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