「漫画アクション」2017年1/5号より4号にわたって掲載された、映画評論家の町山智浩氏と片渕須直監督のスペシャル対談を今週から毎週一回更新で特別公開いたします!
第1回めは昨年11月30日にテアトル新宿にて行われた、上映後の舞台でのトークイベントレポート。
ディープすぎて話が止まらない二人の対談をどうぞ!!
※この記事は「漫画アクション」2017年1/5号に掲載されたものです。

 

観るたびに新しい発見がある映画

町山 最初、63館での公開から始まったこの映画ですが、上映館がどんどん増えていますね。
監督 はい、有り難いことに、今わかっているだけで180館以上になります。
町山 それはすごいですね。監督にはお聞きしたいことがたくさんあるのですが、まず、情報量がすごい多い作品ですよね。
監督 『この世界の片隅に』(※以下、『この世界~』)ですから、集合体としての"世界"がちゃんと伝わらなければと思って。自分たちで調べてわかったことは、みんな詰め込んじゃえという感じで作っちゃったもんですから。
町山 パンフレットには詳しい解説が載っているんですか?
監督 あぁ…多少は……。全貌は誰も知らないんじゃないですかね(笑)。
町山 すごい厚い本じゃないと、説明しきれないと思うんですよね。例えば、「純綿」という言葉が出てきますが、たいていの人はわからないですよね。
監督 「スフ」もわからないでしょうね。当時使われていた言葉が、画面の中に説明もなく無責任に出てきますね。原作がそもそもそうだったんですけど、僕ら映画のスタッフも、こうの史代さんの原作(漫画)に描かれてある、全く知らない広島の土地を読み解いて行くという作業をしたんですよ。すると、冒頭に出てくる風呂敷包み(海苔の缶)を背負って歩いていた街が、いま平和記念公園になっている爆心地に近いところだったとわかった瞬間なんかは大声出していたと、この間スタッフに言われました。「ここがそこだったのか!」と。そういう発見を自分でしていくというか、紐解いていくのが身になると思うんですよ。驚きがまだまだ原作にはあると思いますし、映画の方もそうなっていると良いなと思うんです。

幼少時代におつかいでのりを届けていたすず
町山 確かに、毎回泣くところも違えば、新しい発見もあります。今回、観て気が付いたのは、すずさんは寝っ転がった時に、天井板の木目をなぞるんですね。嫁入りした後もそうなんですけど、腕を失くした後に天井を見ると、天井板が無い。
天井板の木目をなぞるすず
監督 ないですね。あれはしかも、本人は布団にくるまって寝ていますもんね。
町山 だけど、天井板が無くなっている理由は説明されないんですよね。これは、その後のシーンでわかることになる。
監督 原作には描いているんですけど、アメリカのM-69焼夷弾というのがあり、屋根瓦を貫いて、天井裏で引っかかって、そこで火が点いたナパームを発射する仕掛けになっているんですね。
町山 屋根裏だから、消火できないんですよね。
監督 だから、天井板を外しておくと、それが床まで落ちてくるから、まだ消せるんじゃないかということで、日本ではそういう対策をとっていた。そのようにせよという呉鎮守府の通達文章も読みましたし、確実にやっていたことですね。写真も残っていますし。
町山 最初の木目をなぞるシーンが、その伏線になっている。それ以外にも、いろいろな伏線が複雑に絡み合っている。例えば、軍艦が呉に入港して街に水兵さんがバーッと来た時に、周作さんは「譲らなければいけんのう」って言いますよね。あれが、その後、すずさんを……水原哲に差し出すシーンにつながるんですよね。
監督 言葉にすると生々しくなりますね。まぁ、ただ、僕はあまりそういう映画的なレトリックみたいなものとしては感じないようにしようと思っていて、むしろ、すずさんの生活史をそのままドキュメンタリーみたいに切り取っていくというのが、自分のポリシーだったので、結果的にたまたま伏線のように見えたのかもしれません。でも、人生ってそういうたまたまってありますよね。以前の自分の言動や行動が、今につながっているんだと後で気づくということが起こり得る。
町山 非常にエロチックで、見ていてむずむずして来るシーンですよね。ところで、監督の過去の作品、※1『アリーテ姫』、※2『マイマイ新子と千年の魔法』(以下、『マイマイ~』)、そして『この世界~』は3部作のようなつながりが感じられるのですが。
監督 あぁ、そうかもしれないですね。"女の子の想像力3部作"(笑)。
町山 ですよね。それは意図されたんですか?
監督 元々、女性作家が描くものが自分には引っかかりやすいんですよ。それで、必然的に主人公が女性になることが多くて。男の人が描くものは、自分には腑に落ちすぎるというか直面しすぎる感じがして、女の人が描く物の方が一歩引いたところで、人間ってこういう見方があるのかと思えるのが、性に合っているんです。それと同時に、アニメーションをやりながら、割とリアルな空間を描きたいという気持ちがあります。とはいえ、アニメーションはそもそも想像力のところから出発してるのだと思うと、その部分はどうしても入れたくなる。だから、結果的に3部作になったんでしょうね。次またやったら、4部作になります(笑)。

周作は入湯上陸で泊まりに来た哲の部屋へ、すずを行かせる

テーマと絡んでいる草花や動物たち

町山 その3部作を通して、草花の描き方がどんどん深くなるというか、いろんな意味を持つようになっていってますよね。
監督 あ、そうですね。『アリーテ姫』の時はヤギが草を食べてるくらいだったんですけど。舞台が日本になるに従って、その辺に咲いているような草花の登場が増え、段々意味を持つようになっている。『この世界~』はたんぽぽが大事な意味を持つのですが、『マイマイ~』のエンディングのラストカットがたんぽぽだったんですよ。すごい正直に話してしまうと、『この世界~』の予告編の時は、『マイマイ~』のたんぽぽの絵をそのまま使っていたんです(笑)。もちろん、ちゃんと後で、『この世界~』用のたんぽぽにはしてますけど、そういう流れもあって、つながっている感じはしますね。

灰ヶ峰にある北條家の周りにはたんぽぽがたくさん咲いている
町山 たんぽぽは、ふわふわしたすずさんを象徴しているんですよね?
監督 そうですね。すずさんは、映画の中で、自分は広島から来た黄色いたんぽぽで、周りの呉の人たちは白いたんぽぽという意味合いのことをしゃべっている。だから、黄色いたんぽぽは摘まないでそのままにして欲しい、と。
町山 白鷲は『マイマイ~』でも出て来ましたが、『この世界~』ではすずさんの心の象徴として出てくる。
監督 すずさんの生まれ故郷である広島の江波って、本当に白鷲がたくさんいるんですね。岸辺が白鷲で埋まるような景色を実際に見て、びっくりしたぐらい。それに、こうの史代さんの原作には、ちょっとスペースがあると必ず鳥が飛んでいるんですね。それが特徴的だし、優雅な感じがしたので、今回は隙間があったらできるだけ鳥を飛ばしてみようかなと思って。いろんな種類の鳥が飛んでいます。
町山 テーマと絡めていろんな生き物が出て来ますけど、トンボもそうですよね。『マイマイ~』でもトンボや蝶々が出てました。
白鷺は空襲が激しくなった後も、北條家にいるすずの前に現れる
監督 そうですね。モンシロチョウは今回も、3月19日の最初の空襲の時に使うつもりで、パイロットフィルムの時は飛ばしてたんですよ。ですけど、後になって、その日はまだ気温が上がってなくてモンシロチョウは羽化していないということがわかり、さらにツクシも生えていないということも発覚し、最終的に絵をだいぶ変えましたね。
町山 すごいですね! 当時の天候と気温まで調べたということですよね。
監督 ええ、20日から気温が上がるんですけど、19日はまだうすら寒いんですよ。
町山 すさまじい実証主義!
監督 それぐらい当時、本当にあった世界の中に、すずさんがいて欲しかったんです。
町山 曇天とか雨天とかも、現実通りな訳ですね。
監督 ほぼそうだと思います。雲の出方とかは多少は違うかもしれないですけど、でも「高曇り」とか記録に残っているので、高曇りってどんなんだろうねって考えながら描いています。
町山 そういう一つ一つの調査が、映像に反映されているんですね。『アリーテ姫』は閉じ込められているお姫さまが外の世界を想像するというお話ですよね。それは『マイマイ~』の千年前のお姫さまの話につながってきますよね。
監督 率直に言うと、僕の中では『この世界~』の方が『アリーテ姫』と直結しているところがあると思っていて。同じテーマのリフレインでやっているつもりではあるんですね。『アリーテ姫』は普通の女の子だったのが絵に描いたようなお姫様に変えられる。それで、魔法使いにかけられた魔法を、いかに自分の力だけで解いて、元の自分に戻れるかというお話。『この世界~』では、浦野すずちゃんが、北條すずさんに変えられるというところから、同じ名前の自分をいかに取り戻すお話かなと思ってやっていました。
町山 本当に3作が有機的につながる部分がありますね。『マイマイ~』にも悪所というか遊郭が出てくるのに対して、すずも遊郭に紛れ込んでしまう。原作は全然別なのに、どこかでつながっている。
監督 そうですね。どちらも、女性からすると忌まわしく思われるような空間に入ってしまいますよね。
町山 遊郭といえば、リンさんはどうなったんだろうというのが、一回観ただけじゃわからないと思うんですけど、セリフの中でちらっと言ってるんですよね。(遊郭のあった)朝日町が全焼したと。
監督 あそこは建物も残らないで燃えちゃっているはずですね。
町山 それから、広島の街で女の子が縫い物(千人針)をしているシーンがありますよね。あれの意味もわからない方が多いでしょうね。
監督 戦時中に普通にやってたことだけど、今から見たら(意味が)わからないことがいっぱいある。遠い未来の人から見たら、僕らがやっている四角いもの(スマートフォン)を耳に当てて話している行為は、意味がわからないかもしれない。
町山 新聞紙をくしゃくしゃとしているシーンもありますけど、あれもわからないでしょうね。落とし紙。お尻を拭くための。肥溜め式というのが、もうわからない。そういうのも含めて、何度も観るうちに新しい発見があるという面白さがある。たぶん一番わからないだろうと思うのは、終戦の日に、朝鮮の国旗である太極旗が上がる場面がありますが、原作ではすずさんは、自分たち=日本も暴力で他の国を従えていたのだと気が付くシーンですけども、あそこは映画では変えていますよね。
新聞紙や伝単(宣伝ビラ)を落とし紙にしていた
監督 それまですずさん自身が朝鮮の方に暴力を振るっている場面も、誰かが暴力を振るうところを目撃する場面もないんですよ。なので、ここで暴力どうこうという言葉を出しても、あまり説得力がない気がしまして。それよりも、すずさんは毎日の食卓を預かる主婦なので、自分たちの食べ物(米)がどこから来ていたかを考えることで、自分たちの行ったことが身に染みるというふうにしたかったんですね。

『この世界の片隅に』の世界に込められたもの

町山 情報量があまりにも多いので、聞きたいところが幾らでもあるんですけど、周作のお父さんってギター持ってますよね?
監督 あれは周作さんのなんですよ。元々、こうの史代さんが、周作さんのモデルにされた実在の方がいて、その方の趣味がギターだったというんですね。それで、すずさんがお嫁に行ったあと絵を描かなくなったのと同じように、旦那さんも音楽を封印してしまったんだと思うことにしたんです。戦争中ということもあって、浮かれたことはしないというか。
町山 そういう趣味や娯楽を抑圧されていく状況というのが、あのギターでわかりますね。
監督 それと同時に、結婚して大人になるって、子供の頃とか若い頃の何かを捨てることなのかもしれないと。現実的に生きるというか。それがすずにとっての絵であり、周作にとってのギター。もちろん画面を観ても誰もわからないと思うんですけど、作り手の勝手な思い、ですよね。だから、あのギターには弦が張ってないんです。
町山 聞けば聞くほど、この映画の深さがわかりますね。今回、観直して、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の※3『ひまわり』を思い出しました。前半コメディで、後半は戦争の悲劇になって行く。そのコントラストが似ているなと。夫婦が夫婦になって行くという点でもそうですし、舞台はイタリアで敗戦国という意味でも共通している。それから、今年前半に※4『サウルの息子』という映画がありまして、戦争の悲劇を描いていて、最後にほんのちょっとだけ救いがあって終わる映画なんですけど、ご覧になられました?
監督 いや、観てないというか、今年どころか2年ぐらい映画観ることが出来てないんですよ(笑)。でも※5『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は観たんですよ!
町山 『この世界~』の編集のスピード感は、非常に近いものがありますよ!
監督 今度、『マッドマックス』と『アリーテ姫』見比べてみてください。すごい近いですよ(笑)。
町山 やっぱり、まだまだ語り足りないですね!

降壇時間につき、二人の対談はこれにて終了……と思いきや、本当に話し足りない二人は、そのまま近くのバーに移動して、無観客の延長戦へ!! さらに本質に迫るトークを2時間繰り広げた二人。みなさんにもその内容をお届けしたいので、なんと次号に続きます!!

第2回は5/25(木)更新予定です!

第2回更新!

※1=2001年公開。自由を求めてお城を抜け出すお姫様と魔法使いの物語。
※2=2009年公開。昭和30年の山口県防府市を舞台に、二人の少女を中心に描く物語。
※3=1970年公開。戦争によって切り裂かれた男女の運命を描いた大作。
※4=アウシュヴィッツ強制収容所を舞台に、一人のユダヤ人の二日間を描いた作品。
※5=2015年公開。27年ぶりに製作された、ファン待望のシリーズ4作め。町山氏が最大級に絶賛している作品。

映画『この世界の片隅に』
原作:こうの史代 監督:片渕須直 主演声優:のん
ロングラン上映中!!

片渕須直 かたぶちすなお

1960年生まれ。TVシリーズ『名犬ラッシー』で監督デビュー。代表作に『アリーテ姫』『マイマイ新子と千年の魔法』など。

町山智浩 まちやまともひろ

アメリカ在住の映画評論家、コラムニスト。「週刊文春」「映画秘宝」など連載多数。近著に『さらば白人国家アメリカ』(講談社)がある。
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