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1973年東京都生まれ。2005年、「夜市」で第12回日本ホラー小説大賞を受賞。書き下ろしの「風の古道」を併録したデビュー作『夜市』が第134回直木賞の候補になる。続く『雷の季節の終わりに』が、第20回山本周五郎賞候補に、3作目『秋の牢獄』は第29回吉川英治文学新人賞候補、4作目『草祭』は第22回山本周五郎賞候補になる。他の著書に、『南の子供が夜いくところ』『竜が最後に帰る場所』がある。

——双葉社から初の単行本となる短篇集『金色の獣、彼方に向かう』を上梓されましたが、まずは刊行に至るまでの経緯を教えていただけますでしょうか。

恒川 僕は2005年に角川書店主宰の日本ホラー小説大賞を受賞してデビューしたのですが、実は受賞作を発表した後、最初に「うちで書きませんか?」と声をかけてくれたのが小説推理でした。ただ、最初の一篇となった表題作を寄稿したのは、それから3年後の08年になったのですが。

——やはり、小説推理だけにミステリーものを、という依頼だったのですか?

恒川 いいえ。そういう話は一切ありませんでした。実際に作品を読んでいただければわかると思いますが、収録された四作ともミステリー色はないんですよ。唯一言われたのは、「樹海と山窩(さんか)をテーマにしてはどうでしょう」ということでした。当時はまだ『夜市』というデビュー作しか出ていませんでしたので、それを読んだ担当編集者が僕に向いているネタだと思ったようです。

——なるほど、現世と薄皮一枚隔てた異界や、この世ならざるものを描くことに長けていらっしゃる恒川さんにはぴったりのテーマかもしれません。しかしながら、それらがモチーフとしてそのまま出てくるわけではありませんよね。

恒川 そうですね。両方とも、僕なりに咀嚼した上で物語に仕立てました。それぞれの言葉に僕が抱いたイメージがテーマになっているんです。樹海だと「深い森」や「自死」、山窩だと「辺境で暮らす人々」などですね。両方に共通するのは暗い森の冷たく湿った感じ、でしょうか。全体的に薄暗いトーンで、社会の縁にある曖昧な世界を幻想的なもので統一してみました。

——そしてもう一つ、四篇のうち三篇に、金色の毛並みを持つ不思議な獣が登場します。

恒川 この獣は鎌鼬という妖怪です。つむじ風に乗って現れ、鎌のような手で人を切り裂くと言われていまして、なぜか中国の窮奇(きゅうき)という別の妖怪と同一視されています。今回はそれを利用して、一篇目の「異神千夜」で中国から渡ってきた妖怪が長い年月日本各地をさまよい、四篇目の「金色の獣、彼方に向かう」でまたどこかへと去っていくという構成にしました。

——「異神千夜」は鎌倉時代、元寇に巻き込まれた男の波乱万丈の半生を描いた物語で、これまでの作風からするとかなりの異色作になっています。

恒川 そうなんですよ。これまでは架空の場所や特定できない時代を書くことが多かったのですが、この作品で初めて実際の歴史と絡めた物語を書いてみました。時代小説というと語弊があるかもしれませんが、実在の人物や場所、事件が出てきます。書くにあたっては様々な資料を紐解き、勉強したのですが、やってみるとなかなか難しいもので、登場人物の話し言葉も「これでいいのかなあ?」と悩んだりしました。でも、設定上、彼らは日本語ではなく南宋の言葉を話しているはずなので、当時の言葉としては多少おかしくても、翻訳小説ということにすればいいか、と(笑)。

——他の三篇、「風天孔参り」「森の神、夢に還る」、そして表題作も、従前の作品よりも現実世界に近いところで起こっている不思議な話、という感じがしました。

恒川 少しずつでも作風を広げていきたいというのが常にあるんです。前作と同じことはしたくない。構想を練る段階で、今までに書いたことがないものにするにはどうすればいいだろうと考えるんです。そして、ある程度固まったら書き始めるのですが、自分の中にある空気と書いているものの間に齟齬があれば、何度も書き直すことになります。

——そうした作業の積み重ねが、緻密かつ大胆な恒川ワールドを生み出す原動力になっているのですね。

恒川 今回、「異神千夜」では伝説が生まれる瞬間を書こうという目論見がありました。そして、生まれた伝説は、時代を超えて新たな物語に繋がり、「金色の獣、彼方に向かう」で、またどこかに消えていく。「風天孔参り」には金色の獣は出て来ませんが、死の気配が濃厚に漂っているという点では他の三篇と共通しています。全体がこういうトーンになったのには、震災の影響もあるかもしれない。僕の作風は幻想的だと言われることが多いのですが、決して現実と乖離しているわけではありません。それに、基本的には単純に「おもしろい」と思っていただければ、それが一番なので、どんな場面であれ、わかりやすく伝わるように書いています。情景が浮かびやすいような描写を心がけたり、作品世界の雰囲気が伝わるような文章を工夫したりしました。ですから、ファンタジーやホラーが好きな方はもちろん、普段はあまりその系統を読まない方にも楽しんでもらえるのではないかと思っています。