2007年「第60回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門」の最終候補作にも選ばれた、森谷明子著『七姫幻想』が待望の文庫化!
文庫化を記念し、双葉社ホームページでしか読むことができない、とっておきの創作秘話を著者に語ってもらいました。
ある時、通りすがりの公園のゲートに渡っている蜘蛛の糸を見て、ぼんやりと、蜘蛛の糸でものすごく脆弱な密室が構成できるなと考えた。ただし、現代物にしたらリアリティがなさすぎるから、思い切り伝奇的な舞台でないと成立しない、とも。
その後、編集者の方と、和歌をキーにした連作物をできないかと相談していた時、あのゲートと、蜘蛛の糸で恋人の訪れを予言した古代の姫を思い出した。そして『日本国語大辞典』(小学館)をひもとくうちに、金脈を発見した。
「ささがにひめ 琴座の首星、織女星の異称。——略——七夕の七姫——略——」。
この瞬間から「七姫」という言葉がどんどんふくらんでいった。あのページには日本文学空間を遊泳なさる使い神でもおいでだったのかもしれない。次の作業は、ほかの六つの異称を読み込んだ和歌を『国歌大観』(角川書店)からセレクトすることだった。このツールのお陰で、あと四つの物語が完成した。

ところで、七つの物語にはどれも個人的には副題がある。
『ささがにの泉』には、「もっとも脆弱な物質で構成された密室」。この一言がすべて。
『秋去衣』の副題は「皇女の完全犯罪」。当時でさえタブーだった近親相姦に走ることで、皇女は何をしようとしたのか? という疑問へのミステリ的解答のつもり。政治抗争に敗北して私財を没収され、結果『万葉集』が世に広まった大伴家持へのオマージュでもある。
『薫物合』の場合、一番使えそうな和歌を詠んでくれていたのが清原元輔だった。それまで、清少納言の父または祖父で——どちらかはっきりしないほどの家系図しか伝承されていない弱小貴族なのだ——『後撰和歌集』の編者だったことぐらいしか知らなかったが、学問の世界では、この勅撰集、あまりにお粗末なのは未完成のまま放置されたからではないかとまじめに議論されるほど、出来が悪いらしい。だから副題は「編集能力のない歌詠み」。
『朝顔斎王』、副題は「源氏物語なんて知らない」。源氏物語のキャラクター朝顔斎院にひっかけられそうな、実在の斎院がいないかと当たってみたら、どんぴしゃり、源氏の中将とスキャンダルを起こして時の帝に激怒された斎院がいた。しかも、その次代斎院である異母妹は、病気を理由に解任されたあと三十数年生き延び(それまでの斎院は帝の交代か本人の病気→死が理由なのに)、さらに死んだ時に「狂疾」と貴族の日記に書かれるような女性で、しかもしかもあの清少納言の仕えた皇后から四代目の末裔だった。これだけの要素をつぎ込んだら出来上がった、これまた、文学の使い神のお導きによる作品。
『梶葉襲』、副題は「公表された人騒がせな歌」。梶葉を詠んだ意味ありげな歌は、一見罪がなさそうでいながら、まるで特定の誰かへの「秘密をばらしちゃうわよ」という、二人だけに通じるメッセージのような内容。アガサ・クリスティなら絶対脅迫文に使っている、という発想で書いた作品。
ここまで『国歌大観』と使い神に導かれて、まあまあ順調に進んだところで、頓挫。
歌がない。いくら探しても見つからない。
もともと「七姫」自体、江戸期の俳人たちが作ったようなので、和歌がなくても俳句ならあるだろうと甘く見ていたが、本当に、ない。おまけに、俳諧には『国歌大観』に該当するような検索ツールがない(その後、インターネット上には存在するらしいと知ったのだが、すでに書き上げたあとだった)。最後の頼みの綱、折口信夫も(たぶん)作ってない。
連載を始める前、編集者の方と「歌ですもん、なければでっちあげればいいですよねえ」と冗談のつもりで笑いあっていたことを、本当にやる羽目になった。
だが、三十一文字をひねりあげて「優雅な和歌」なんて言ってのける度胸はないので、破調の俗謡ということで逃げた。「全員が嘘をつくことで成り立っている共同体」というのに、前から興味があったことも事実。だから『百子淵』の副題は「大人はみんな嘘つき」。
ところで、ここで使った伝染病には、天然痘を想定していた。以前から、あんな死亡率の高い伝染病が大流行したら、運動不足栄養不足の貴族なんかひとたまりもないだろう、一番生きのびられそうなのは牛小屋にいる下人だろうなあ、とは考えていた。種痘だって、牛痘キャリアは無事だという経験則から発想されたのだ。そして書いているうちに気づいた。そもそもこの連作のモチーフは七夕で、織女の相方はもちろん……。
『糸織草子』の副題は「不思議な眼をした女の子」。「糸」または「糸織」なら俳諧のひとつくらいあるだろうと片っ端からあたって、一番脈がありそうだったのが蕪村の句だったのだ。しかし、文学の使い神がおわしたのは『与謝蕪村集』(新潮社)のその数ページ前、蕪村に「百池」という、「百子淵」を連想させる名の弟子兼パトロンがいたという記述箇所だった。これはもう、書くしかない。結果、恐れ多くも、蕪村翁の句に附句をしてしまった。
ともあれ、どうにか七篇書き上げられたのは、すでに挙げた参考文献をはじめとする日本古典の研究者の方々の膨大な研究の成果と、何よりも編集者の方のお力によるものである。
また、拙著『七姫幻想』文庫版には、千街晶之さんが、わたしなど及びもつかない該博な知識で過分の解説をお書きくださっている。心から、心から御礼申し上げる次第である。